表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/28

休学の理由

 五日目。起床時間が午前10時になってしまった。だが、その分眠れたということにもなる。昨日と同じように歯を磨き、キッチンへ向かった。

「食べる?」

キッチンに行くと、一人の年老いた男性が話しかけてきた。

年は、還暦過ぎの・・・70歳くらいだろうか。ゲストハウスには幅広い年代の人が集まるものだと改めて思った。初対面なのに、普通に会話が始まることもある。その老人は、キッチンで魚を焼いており、刺身を皿に盛っていた。

「魚焼いているんだけど、食べる?」

「あ、はい、いただきます」ぼくはたどたどしく答えた。ゲストハウスでは、住人から時折ただで食べ物をいただく機会があることをこのとき知った。これはありがたいとぼくは心底思った。なにせ外で買い食いばかりしていたら資金が底をついてしまう。ふたりで魚をぱくついていると、老人の口から質問が飛びだした。

「職業は、学生?」

「大学は・・・休学中です」

「休学中って、なんで?」

その質問がくるとは、予想していなかったわけではないけれど、どうしよう。何の答えも思い浮かばない。

「ちょっと、今は答えられない、です」というと、老人はそれ以上きかなかった。代わりに、全然違うことを話し出した。

「わたしはね、妻が小学校の先生だったから、給与安定してた。わたしは給料安かったけど休みは取りやすかったんでね。いろいろな所に出かけたもんだよ」じゃあ、うちの母と同じだな、とぼくは思った。

「だから結婚するなら学校の先生や公務員とがいいよ」

「うち、親が先生なんですけど」

「おお、そうか。うちは子どもが二人いるよ」

「・・・こう言っちゃなんですけど、ぼく的に学校の先生の子どもってズレてる人多いと思う」思わず本音が出た。しまった、怒られるかもしれないと少し怖くなった。だが彼は、

「ああ、変だよ」とあっさり返した。

「うちは長女が漫画家。弟のほうはずっと野球に打ち込んで、勉強嫌いだった。今はどうにか資格取ろうとして、通信制の大学で苦労してる。上の子は学校でうまくいかなくてね。勉強はできたけど、集団行動ができなくて。先生や子どもたちから、よく言われた」

「なんて言われたんです?」

「先生の子どもなのに、どうして普通にできないの?服装はだらしないし、人の話は聴かないし、集団におけるルールも守れないって。ずっとそんなこと言われ続けてきたから、お姉ちゃん学校が嫌になった。特に高校は私立で校則が厳しかった。それで元々学校いやいや通っていたのが限界に達して、唐突に高校2年の終わりに家出して、一ヶ月帰ってこなかった。その後どうにか学校に戻れて高校は卒業したけれど、大学には進まなかった。それで家にこもって漫画書き続けていたら、運良く賞をもらって現在もある雑誌で連載してる」

「すごいじゃないすか」

「複雑なんだよ、親としては!素直に喜んでいいのかわからない。学校で地道に勉強して、大学で教員免許取って先生になるルート通らないんだよ。弟の方も運動は熱心だったけど勉強には集中できない。果たして無事に教員免許取れるかどうか。親としては子どもに教員になってほしかったけれど、筋書きどおりにいかないの!」その話を聴いて、先生を親に持つぼくには「先生である親と比べられてきた」お子さんの苦労がなんとなく分かる気がした。けれど、なんだか、このままだと延々と愚痴を聞かされそうだと思ったので、

「ちょっとトイレ行ってきます」

と言って、そそくさと立ち去るしかなかった。男女共用のトイレに入ると、ジーンズと下着を下ろして座った。このゲストハウスに来てから、小でも座って用を足すことが多くなった。用を足しながら、引きこもりになったきっかけになった過去を振り返った。

 僕が休学したのは、去年の前期のテスト前。つまり7月からだ。きっかけは些細なことだった。同じクラスの一人の男子がぼくの中国語の発音が悪いとダメ出ししたときだった。

「そんな、言わなくてもいいだろっ!」とぼくが言い返すと、奴はぼくの右肩に一発、みぞおちに一発パンチを打ち込んだ。

(えっ、何コレ?)ぼくは何が起きたのか分からなかった。なんで、ぼくは大学での講義の最中に殴られているのだ?ぼくはその後、何もできなかった。その後、奴がどんな処罰を受けたか、今ごろどうしているのか、全く知らない。なぜなら、ぼくはそれからしばらくして大学に通えなくなってしまったからだ。暴力という不条理に、去年のぼくの心身は耐えられなかった。行動したかったのに、なにもできなかった。己のふがいなさを憎んだ。それでも、半年は部屋から出られなかったことを考えると、むしろ今回こうして那覇に来られたことが不思議なくらいだ。トイレから出ても、しばらく考え事をしていた。

「ねえ、あの、ちょっと」トイレから出てきても考え事を続けていたぼくに、さっきの老人が話しかけてきた。

「あ、ああはい、何すか?」

「刺身食べない?一パック食べきれないから」まだ食欲があったぼくは、ありがたくいただくことにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ