屋上バーでの一夜
その日の夜は、ゲストハウスの屋上で酒を飲んだ。「屋上バー」といって、屋上につくった出店のような簡素なバーにて、100円から泡盛などの安酒が飲めるといううれしいイベントだ。その夜は、5人集まった。20代くらいの男女から50歳くらいのおじさままで、幅広い年代の人が集まって楽しく泡盛を飲んでいる。ぼくも100円を払って泡盛の水割りを頼んだ。この値段で飲めるのは、すごくありがたい。バーテンダーは、男性スタッフのサクさんがやっていた。本人曰く、基本的に台風や大雨が来たとき以外はやっているとのことだった。夜の10時ころから、みんなが部屋に戻る深夜2時ころまで開いているそうだ。ぼくはカウンターに座り、ぼくと同い年くらいに見えるサクさんに何気なく年をきいた。すると、彼は29だと答えた。
「え!サクさんて8歳上なんですか?」
「29だよ。いくつだと思ったの?」
「同い年くらいだと思いました」本当に同世代かと思った。
「ま、よく間違われるから慣れてるけどねー」そういってサクさんは笑った。
「そういえば、まだここで中国から来た人に会っていないですけど、いないんですか?」
と、何気ない質問をした。
「来ても少ないね。中国からの観光客は、あの隣にホテル見えるでしょ?よく泊まっているのを見るしたまに目が合うよ。あそこは一泊2,3万円だよ。」と隣の高層ホテルを見渡した。窓から、たしかに人影がみえる。
「ねー」ぼくが見ていない方向から声がきこえた。気のせいか?と思っていたら、
「どこからきたのー?」右から声がした。朝に話したブロンドのギャルが、いきなり話しかけてきた。朝と話した時とは違ってラフに見えた。飲んでいるせいだろうか。他の自分より年上にみえるお兄さんやおじさまも、ほとんど初対面の人々だった。しかし、今は酒を飲んで楽しそうに語らっている。ゲストハウスでは、こういうフランクな出会いもある。ということを、すこしわかってきた。
「おれは、関東です」と、たどたどしく敬語で答えると、
「えー日本人?外国人かと思ったー」
え、なにそれ?いや、別に日本人にみえないって言われるのはいいけど、どうしてそう思ったのかまったくわからなかった。
「てゆうか、今朝と雰囲気ちがくないすか?朝はそっけなかったのに」
「あー、朝はあんなかんじだよー。誰に対しても」
「・・・ふーん」
「いや、なんかリアクションしてよ!」と二人して適当に笑った。大学でも何回か飲み会に行ったけれど、酒の席なんてどこでもこんなものだろう。
「ねえ、学生?それとも社会人?」
「おれ?まあ学生ですよ。東京の私大にいます」とりあえず大学に「在籍して」いることを伝えた。
「へえ、偶然。うちも東京の大学。3泊4日で沖縄来たんだけど、どのくらいいるの?」
「・・・ここには7泊します。」沖縄には、一週間いる予定だ。
「その間どっか行くの?」
「うーん、別に」なんとなく、那覇をぶらぶらすることしか考えていなかった。
「じゃあ、あさって嘉手納行こうよ。北の方」
「え?一緒に?」
「うん、一人でまわるよりそっちのがいいでしょ?」
「まあ、そうですね」本当はぼくは一人でまわるのが好きだけど、適当に相づちをうった。
「えっと、じゃあ、行きますか」
「決まりー!じゃあとりあえずあさっての朝9時ねー。あ、LINEのID交換しようよ。まだだった」
「あ、おれLINE今はやってないです」
「じゃあ、SNSとかどうしてんの?やらないとか?」
「フェイスブックもやめました」
「なんでLINEやってないの?」質問攻めかよ。うっかり言うとぼくが「不登校の引きこもり」だったことがバレる。言葉を選ばないと。
「大学・・・一年の時にちょっとLINEでトラブってさ。迷惑なのが深夜にも来るから、それ以来苦手になった。でも、スマホ持ってるとすぐにID交換しようって初対面だと言われるでしょ?」
「全然SNSやってないの?ホントに同世代?」
人をおっさんみたいにいうなよと思った。口には出さなかったけど。
「だってうちらの周りでそんな人いないもん。みんなスマホでSNSは当たり前」
まあ、そうだよな。ぼくは休学中、家から出ないで人と会うこともほとんどなかった。フェイスブックやってたときも、友だちとのやりとりは、PCがあればどうにかなったし。
「へーそんな人いるんだ。すごいね偶然って。いろんな人に会えるのもゲストハウスだからかなあ?」隣のギャルは感心したように言った。
「まあ、そうですね」そこにだけは深く同意した。目の前にプラスチックの灰皿があったので、ポケットからアメスピを取り出して、吸おうとしたら、
「え!たばこ吸うの!?」と隣のギャルに驚かれた。
「ええ、いやでしたら喫煙所行きますけど」
「別にいいけど、なんか意外」
「意外って何がです?」
「見た目地味で黒髪眼鏡にタバコってなんか合わない」
うるさいよと返すのもめんどくさかった。黙ってタバコに火をつけて煙を吐き出した。
その日の夜は初めて集ったギャルとおっさんたちとくだらない会話や冗談を交わした。ぼくは自分が引きこもりだったことをほんの少しだけ忘れて、茨城にいたときよりも楽しく話すことができた。
深夜2時を過ぎると、本当にみんな自然に部屋に戻っていった。さすがに朝まで飲もうという人はいなかった。




