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夜の一服

「ところで、俺21歳だけど。としいくつ?」とクリスが質問してきた。

「あ、おれも21ですけど」クリスが自分と同い年だと分かった。もうちょっと年上かと思った。クリスは座ってグラスの泡盛を飲んでいる。ぼくはビールの2缶めを空けると、タバコが吸いたくなった。ぼくのタバコはアメリカンスピリット、アメスピだ。だが、壁紙に禁煙のポスターがあるし、この部屋に灰皿は見つかりそうになかったので、きくしかなかった。喫煙所はどこにあるのかを。

「ところで、喫煙所」

「ん?」

「タバコは」

「ああ、タバコは上の階のスモーキングルームか、屋上の灰皿で吸えるよ。それ以外は禁煙ね」と、淡々と説明してくれた。ぼくは階段を上り、ガラス戸二枚で仕切られた喫煙所に入った。中には灰皿が二つおいてあるだけで誰もいなかった。ぼくはタバコに火をつけ、誰もいない部屋でふぅーっと一息ついた。

下の階に戻ると、クリスにもう寝たいと伝え、クリスが泊まるベッドを案内してくれた。ドアを開けると、広いスペースに、他の宿泊客のボストンバッグが4,5つ置かれていた。そのスペースのもう一つのドアを開けると、ドミトリーのベッドの部屋があらわれた。

「このベッドの上のほうね」ぼくは二段ベッドの階段をのぼり、荷物を置いた。結構バッグが重かったので、一安心だ。

「じゃ、なんかわかんないことあったら、また明日きいてね」そういって、クリスは部屋を出た。今夜はもう、とりあえず寝よう。眠れなくても、横になって静かにしていよう。無事にゲストハウスに着いた後は、体をやすめなくちゃ。ぼくは安定剤を服用すると、ベッドの足下にたたまれた毛布を体に掛け、横になった。しかし、いびきがあちこちで鳴り響く。うるさい。どうにかならないのか。と文句を言いそうになったが、あきらめた。ドミトリーなのは知っていたし、破格の宿泊代を考えると、やむをえなかった。一泊1200円の宿というのは、地元を含めて関東ではまずないだろう。あったら予約が殺到するはずだ。

「仕方ないか」小声でぼそっとつぶやき、ぼくはいびきが響く部屋で、横になった。とりあえず夜露がしのげる宿で、ベッドに横になれただけでもよかった。慣れない寝床に移ったから、多分眠れないかもしれないけれど。などと考えていたら、いきなり引きこもっていたときのくせで大学に通っていたときのいやなことを何度も思い返してしまう。幻聴が聞こえてくる。今日一人旅を初めて、人生初の体験が多くてストレスを感じたせいでもあるかもしれない。ひとまず体を横にすると、

「殺すぞてめえ」とドスのきいた二十歳手前の少年の声が、頭の中で何度もフラッシュバックした。引きこもりの原因になった暴力事件の記憶が蘇る。あれから毎日のように記憶のフラッシュバックは起こり、一人で遠くへ行くという願望を叶えた今も幻の声となってそれは続く。

「ちょっ、やめろよ!」自分が抗議の声をあげても、殴りかかってくる相手。

「独り言うぜえんだよ!」

「発音が下手なんだよ!死ねよ!」

彼が罵声を言い放った姿の映像と音声が、頭の中で妄想として何度もよみがえる。不登校のきっかけとなったトラウマ。引きこもりだったときはそれが一番辛いことだったし、今でもそうだ。あれから「あの声の主」がどうなったかは知らない。同じ学科にいるかもしれないと思うと、大学には怖くて通えなくなる。友だちにも尋ねる勇気が出ない。

 でも、今日ぼくは行動した。あのまま自室にこもっていても何も変わらない。あのままじゃいけないと、心のどこかで思っていた。引きこもっている間も、もし外に出られるならば、関東ではないどこかに、誰も自分を知らないところに行きたいという願望があった。それは叶い、頭の中で思い描いた行動の結果が現実になった。それだけでも大きな一歩だ。そういうことにしておこう。



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