舅もくそでした
姉の嫁ぎ先の家に三日ほど滞在することになったリリーチェは甥や姪を可愛がっていた。
上の姪は下の子にそっくりで下の娘が大きくなったらこんな風に育つのかとほっこりした気持ちで一緒に朝食をいただいていた。
下の甥はかなり小さくやっと歩けるようになったばかりだ。待望の男児ということで可愛がられているようで、リリーチェにも警戒することなく懐いてきた。
「リリーチェさんね」
甥を抱いてあやしていると不意に声をかけられた。
「ええと、お邪魔しております」
初老の貴婦人がにっこりと笑う。
「いえ、駆除を手伝ってくださっているんですもの、もてなすのが当然ですわ」
そう言ってまじまじとリリーチェの顔をのぞき込む。
「それで、リリーチェさん、少しいいかしら?」
リリーチェは甥をあやしながらうなずいた。エリーチェが乳母を連れてきて子供たちを預けた。
「お姉さま?」
「リリーチェ。そのお義母様、どのようなお話ですか?」
二人はリリーチェを応接間に案内しお茶の用意をしてくれた。
「子供に聞かせたい話ではないわ」
先ほどまでの笑顔をすっかりかき消して姉の姑はため息をつく。
「エリーチェさん、リリーチェさんに悩み事がありそうだというのは確かね?」
「はい、お義母様、私にはわかります、生まれたときから一緒にいた妹ですもの」
頷くエリーチェを一瞥して、リリーチェに向き直る。
「リリーチェさん、やっぱりそうなの? あなたの夫、ハデスは貴女を裏切ったの?」
「何故、それを」
「見たのよ、ハデスの結婚相手がエリーチェさんの妹だと聞いていたから、ハデスと一緒にいる女が貴方じゃないことはすぐにわかった」
唇をかみしめる姉の姑にリリーチェは困惑を隠せない。もちろん衝撃的な目撃証言もかすんでいた。
「どうしてそれを、というかうちの問題に首を突っ込んできたのですか?」
「ハデスの母親は私の妹だったの」
リリーチェが嫁いだ時点で姑はすでに亡くなっていた。そして姑の実家とは縁が切れているとだけ言われていたので自分の姑の身内のことは何一つ知らなかった。
「私が若いころ、実家は少々財政難で、妹は借金のかたにホンジェラ伯爵家に嫁いだのよ」
沈痛な面持ちで語る姉の姑、名前はエリザベートというそうだ。リリーチェの姑はマルガレーテだったとか。
「借金のかたの嫁ということであの子の扱いはとてもひどいものだったと聞いていたわ。妹は常に夫の浮気に悩んでいたの。あの男は病気だったわ」
さらに初耳なことを言われた。
舅は領地にあるセカンドハウスに隠居生活を送る好々爺とずっと思っていた。
女遊びがひどいなど全く聞いたことはなかった。
「妹は結局悩んで悩んで挙句病気を拗らせて亡くなってしまったわ、病気と闘う力をあの男のせいで消耗してしまったのよ」
うつむいた状態で上目遣いに目を使うと妙な迫力がある。
「だけど、私の実家も借金を妹の生前に払いきることができなくて、妹の境遇を気にしつつも何もできなかった」
つらい過去を振り返るその顔に、リリーチェは自分の立場を忘れて慰めそうになった。
「今はそんなこと、なかったんですが」
リリーチェは過去形で言った。
「まあ、そのあとあの男は病気になって、男ではなくなったらしいわ」
ニタリとその時だけエリザベートは笑った。
「もし病気になっていなかったら今でも女狂いのままだったでしょうね、それこそリリーチェさんより若い女をかこったりしたかも」
「そこまで、ですか」
実際に知っている舅とエリザベートの話は食い違いすぎた。いやしかし、夫もそれなりにい夫だと思っていたのだ。
「最初にハデスが女連れでいるのを見たのは一昨年よ、赤毛の女と一緒だったわ」
リリーチェの唇が引きつる。夫の元婚約者は金髪だ。
「それから半年前に見たときは黒髪の」
リリーチェはティーカップを握りつぶした。
「そうですか」
リリーチェは平たんな口調で答えた。
「私はあの甥が許せないのよ、あの男は妹の苦しみをなんとも思っていない。だから同じことができるのよ」
エリザベートはそう言ってリリーチェの手を取った。