夫がおかしくなりました
それは侯爵家主催のパーティだった。
侯爵家で新たに娶られた花嫁の披露パーティ。まず主賓のあいさつの後その女性は現れた。
長い金色の髪を豪奢な宝石の髪飾りでまとめ真紅のドレスを身にまとったその女性は恐ろしく若かった。
現在十八歳。その夫である侯爵はその時点で三十半ばだったのでほぼ半分の年だ。
菫色の瞳で周囲を一瞥すると優雅に一礼する。
裾に金の色の刺繡が目立つ。ふんだんにフリルを付けたドレスを揺らしながら歩いてくる。その場にいた侯爵は黒い礼服を身にまとい褐色の髪を奇麗になでつけていた。そのまま手を差し伸べた。
その手を取った新妻は楚々としたしぐさでその手を載せる。
恐ろしく整った顔立ちをしていた。
一流の人形師が作り上げた最高傑作のように非人間的な整い方だ。無表情でいればそれこそ本当に人形と間違えそうな。
奇麗な目元をゆるめて穏やかな笑みを浮かべるとやっと人なのだと納得できた。
侯爵夫人は周囲を見回し幾度も会釈をする。そしてリリーチェのほうを見た。
リリーチェは夫のハデスにエスコートされながらその一連を見ていた。
「アリエル?」
ぽつんと夫が呟いた。リリーチェは夫の顔を見上げた。
夫は呆然としていた。
「どうしてアリエルが、こんな可哀そうな」
夫、ハデスは新たな侯爵夫人をただ見つめていた。
そういえばとリリーチェは思い出す。夫にはリリーチェと結婚する以前に婚約破棄した女性がいたのだと。
しかし、この反応は意外過ぎた。その話を聞いた時も彼はただ淡々と話していたのだ。
あの新妻が夫の元婚約者だとしても今更だ。婚約破棄した時点で彼女がどこかに嫁ぐのは当たり前だ。
そのことに今更どうしてこんなにショックを受けるんだろう。
それに可哀そう?
確かに年齢差はあるが、爵位はあちらが上なら納得の範囲のはずだ。憐れまれるゆえんは彼女にはないと思う。
「あの時俺が婚約破棄したせいで」
夫は何故かものすごく悲しそうな顔でその絶世の美女を見ていた。
もはやリリーチェは今まで知っていた夫がまるで別人に変わったような気がした。
そもそも以前の婚約者のことなんて一度しか話してもらってないし、それ以来一度も話題に上ったこともない。
ふらふらとリリーチェをエスコートしていた手を離して夫がその侯爵夫人に向かって歩き出す。
唐突に近づいてきた夫を彼女は不審そうに見ていた。
「懐かしいな、久しぶりだ」
そう言われても眉をしかめてそのまま夫を無言で見ていた。
「妻とどういう知り合いで」
侯爵は笑っていたが目が笑っていなかった。
「小さいころ親しくしておりました。あの時の小さなお嬢さんがこんな立派な貴婦人になるなんて」
そう言われて何か思い出したのか侯爵夫人は胸の上で手を打ち鳴らした。