真実の愛のために
ハデスは焦っていた。
リリーチェに宣言した以上どうあってもアリエルを我が物にしなければならない。
むろんアリエルにはすでに夫がいる。だがそんなものは関係ない。すべては二人の気持ち次第なのだ。
お互いの気持ちがそれぞれに向かっていればそれでいい。
貴族の婚姻は家同士の契約に過ぎない。
跡取りさえ作ってしまえばそれ以上の関係など持つ必要はない。
だが、家の都合で娶ったリリーチェに対してそういうことはできなかった。
リリーチェの父親と兄たちの圧に負けてしまったのだ。
それから何年も我慢してきたのだ。だからやっと言ってやったという気持ちでいっぱいだった。
しかし、アリエルはどうしても最後の一線は守り続けていた。常にアリエルとともにいる侍女たちは不信の目を隠そうともしなかった。
美しい薔薇の花瓶がいくつも飾られた瀟洒な部屋でレースのカーテンを背にしたこの部屋の主は優雅にハデスを迎えてくれた。
「どうしてうまくいかないんだろう」
深い深いため息をつく。
「大丈夫よ」
彼の最大の理解者である彼女はハデスの手を取った。
「私が付いているわ」
「クロエ」
切れ長な目が潤んだようにハデスを見上げている。
思わずその手を取りそうになるがクロエはするっとハデスの手から逃れる。
「貴方の素晴らしい愛に気っと彼女は気づいてくれると信じているわ、そのためならいくらでも応援してあげる。だからこそ私は身を引いたんじゃない」
そして顔を伏せた。長い髪が彼女の顔にかかった。
その肩が震えている。
「私が身を引いた分、貴女の真実の愛をどうしても成就させてほしいの、貴方の深い愛に私がどれほど感動したか貴方に見せられればいいのにね」
寂しげに微笑み彼女はとても美しかった。
だけど、アリエルほどではなかった。アリエルは本当に美しい。周囲から彼女だけが浮き上がって見えるほどだ。
「これを受け取ってほしいの」
クロエは小さな包みをハデスに手渡した。
「アリエルがうまく侍女を置いてくることができたらこれを使って、何かお茶に混ぜればいいわ、そしてあなたの愛の深さを彼女に教えてあげて」
真摯な彼女の言葉にハデスは震えながらその包みを受け取った。
「ありがとうクロエ、君にはどれほど感謝しても足りないよ」
ハデスはその額に包みを押し当てて感謝の意を示す。
クロエは唇だけで笑っていた。
「うまくいくことを祈っているわ」
ハデスがその場から立ち去った後、クロエの夫が出てきた。
「包みは受け取ったのか?」
「大喜びで受け取ったわ」
唇をひん曲げてクロエは答えた。けっと吐き捨てそうな顔だ。
「まったく朗報だ、ぜひ頑張ってもらいたいね、俺のお楽しみのために」
へらへらと笑っている夫を冷めた目で見ながらクロエは花瓶に刺さった薔薇を握り撫した。
一部始終を見ていたステイは報告する内容を頭の中で反芻していた。




