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祭りが始まって数時間。
太陽が西の地平に沈み、空は群青色に染まり始めていた。村の広場は提灯や松明の灯りで照らされ、昼間とは違った幻想的な雰囲気に包まれる。
「うわあ……こんな風に明かりが灯されるだけで、雰囲気がガラッと変わるのね」
リリエは広場の端で、手を繋いでいたルナとともに感嘆の声を上げる。昼の喧騒に加えて、夜特有のわくわく感が人々を浮き立たせていた。
「ママ、あっちでジャグリングやってるよ! 見に行こう!」
「いいわよ。でもあまり走り回らないようにね。魔法……気をつけてね」
「わかってるってばー!」
ルナは目を輝かせて人ごみのほうへ駆けていく。リリエは思わず笑いながら、(まったくこの子は)と苦笑する。
あちこちで笑い声や音楽が混ざり合い、心は自然と弾むのだが、どこか胸の奥がざわめいて落ち着かない。
(公爵様は……今どこにいるのかしら。ゲルハルトさんやアデルさんも……)
視線を巡らせるが、人の多さにまぎれて姿は見えない。夜の闇と灯火が交錯するこの空間では、何が起こってもおかしくない気がして、リリエはふと背筋に寒気を覚えた。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 射的はいかが~!」
広場の一角では屋台の遊びが盛り上がっていた。的に向かって矢を放ち、見事射抜ければ景品がもらえるという単純な遊びだが、人々は熱中している。
ルナが「やりたい!」と目を輝かせるので、リリエは仕方なく並ばせることに。
しかし子どもにはやや重い弓――案の定、ルナは「うう~腕がだるい……」と苦戦。周囲の大人たちは「がんばれ~」と温かく声援を送る。
「……えいっ!」
矢は見事に的を外れ、すっぽ抜けて隣の屋台の看板をかすめた。店主が「わあ! 危ないなあ!」と悲鳴を上げて、周囲は笑いの渦に包まれる。
「ご、ごめんなさいー!」
「あはは、やっぱりまだ早かったわね」
リリエはルナを抱きしめて謝罪し、店主も「ま、子どもの祭りの思い出だ!」と笑って許してくれた。
あっという間にドタバタコメディが展開される屋台ゾーン。リリエ自身も幼い頃にこういった遊びをしたことはなく、何だか新鮮な感覚だった。
「ママ、悔しい……もうちょっと練習したら当てられそうなのに」
「まあまあ、練習って言ってもあなた魔法が混ざりそうで怖いわよ」
「う……そっかあ」
そんな母娘のやり取りを微笑ましく見つめていた村の人々は、「ルナちゃん、射的できるようになったら最強になりそう」と囁き合い、さらに和やかな笑いが広がる。
夜のコメディ騒動に、リリエも少しだけ気が楽になるのだった。
一方、広場の隅でゲルハルト騎士は険しい表情を崩さず、周囲を見回していた。
兵士たちが何名か散り散りに見回りをしており、彼は彼らに指示を送っているようだ。
「いいか、もし貴族が暴動を起こされたり、魔物が紛れ込んだりしても対処できるように……」
兵士が「え、こんな平和そうな祭りで、そこまで警戒必要ですか?」と疑問を口にすると、ゲルハルトは低い声で応じる。
「公爵様がいらっしゃる以上、何があってもおかしくない。あのアデル・フィリモアも不穏な動きを見せているし、あの母娘にも“何か秘めた力”があるのは確か……油断せずに行動しろ」
不穏な空気を漂わせながら、ゲルハルトは満月を仰ぎ見る。
(伯爵家の紋章を調べた結果、リリエが本当に“追放された妾”であることは確定した。ルナの力も伯爵家の血にまつわるものか……?)
騎士の冷徹な瞳は、暗闇の中で静かに光る。まるで今夜、何かが起こるのを待ち構えているかのようだ。
同じく夜の闇に紛れて動く存在がもう一人――アデル・フィリモア。
彼女は従者からの報告を聞きながら、ほの暗いランプの下で扇子をゆらゆらと動かしていた。
「ルナという娘が、どうやら“風のような力”を使って鍋を支えた、と……ふふふ。まさか本当に魔力があるなんてね」
従者がこくりとうなずく。
「はい。確証はないですが、普通の女児とは思えません。貴族社会でも珍しいほどの反応があったかと」
「なるほど。大昔の伝承に“先祖還り”というのがあるわ。伯爵家か、その上流階級の血筋ならあり得る話よね」
アデルは口元に妖艶な笑みを浮かべる。
「これは面白いわ。あのリリエという女も、ただの追放妾じゃない。もし本当に娘が“絶対的な魔力”を受け継いでいるなら、公爵様が目をかけるのも頷ける」
この状況をどう活かすか。アデルの頭には計算が渦巻く。
(カイル公爵様が彼女らを守りたいなら、その隙を突いて私が優位に立てるかもしれない。あるいは“秘密を握っている”と匂わせて、取引材料にできるわね)
無数の思惑が交差するなか、祭りの音楽が遠くから賑やかに響いていた。




