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「公爵様、こちらが先ほど手に入れた資料です」

ゲルハルトは公爵に向かって、書類の束を差し出す。何やら紋章らしきものが記された紙も混じっている。


リリエは廊下の隅からそれをちらりと見て、嫌な予感が走る。――まさか、ハイルバード伯爵家の紋章か?

「ふむ……この辺境までわざわざ調査を? ずいぶん熱心だな」

公爵が皮肉っぽい声で言うと、騎士は肩をすくめる。


「ええ、私も“万全を期す”のが任務ですから。――リリエさんとその娘について、少し興味深い話が……」

その言葉にリリエは体が強張る。公爵も眉をひそめた。

「……後でまとめて聞こう。今は少し急いでいる。――騎士団の詰所にでも行こうか?」

「承知しました」


ゲルハルトはリリエに視線を向け、わずかに口元を歪めるように見えた。まるで“まだ終わらないよ”と言わんばかりに。

リリエは固唾を飲んでその場に立ち尽くす。公爵が「また後で話そう」と優しい目を向けてくれるのが、唯一の救いだった。


その後、リリエはルナと合流し、自宅へ戻る道を歩いていた。

「ママー、どうだった? 公爵様にお話したの?」

「うん……妾だったことと、追放された過去は話したわ。公爵様は怒らずに聞いてくれた」

「そっか! よかったね!」


ルナは手を叩いて喜ぶが、リリエの表情は晴れない。

(公爵様は受け止めてくれた。でも、ゲルハルト騎士が伯爵家の情報を探っている可能性がある。すべてが丸く収まるとは思えない)


家までの道すがら、村人から軽い挨拶を受けたり、鶏騒動の話をされたりと、いつもの平和そうな風景が広がっている。

しかしリリエの胸には、どこか“嵐の前の静けさ”のような感覚があった。


「ママ、どうしたの? まだ心配?」

「……そうね、少しだけ。でも大丈夫よ、ルナ。最悪の展開になっても、私たちは二人で生きていけるから」


そう言いながらも、リリエの脳裏には公爵のあの言葉が蘇る――“もっと特別な存在になってほしいと思っている”。

(嘘じゃないと信じたい。でももし伯爵家が動き出したり、ルナの魔力がバレたりしたら、公爵様はどうする? 本当に私たちを守りきれるの?)


不安は尽きない。まだ隠している魔法の秘密、そしてゲルハルトが握ったかもしれない過去の詳細。それらが同時に爆発すれば、もう隠しようがない。

それでも、リリエは下を向かず歩みを進める。抱える荷物は増えたが、それは自分が背負うべきものだと思ったから。


家の扉を開ける頃には、沈みかけた太陽が西の空を紅く染めていた。

「さ、晩ごはん作ろうか。今日は鶏騒動があったから、鶏肉はやめようかな」

「うん! ママ、わたしお手伝いする!」


ルナの明るい声に救われながら、リリエは笑みを返す。

もう引き返せない。伯爵家との因縁も、魔法の真実も、すべて公爵に明かす日が近い。――そしてそのとき、何が起きるかは誰にも分からない。


温かい夕飯の匂いとともに、母娘の運命はゆっくりと動き続けていた。

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