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北の集落に夜が明けた。
夜通し看病を続けた私は、疲れた体を引きずりながら子どもたちの様子を見回る。すると――
「う……ん……」
小さくうめき声を上げながらも、子どもたちは穏やかな呼吸をしていた。高熱もいくらか下がっているようで、容体は安定している。
「よかった……本当に、よかった……!」
思わず安堵の涙が浮かぶ。隣でマーサが「奇跡だわ……」と息を呑む。
昨夜、ルナがひそかに魔法で手助けしたおかげか、これなら正式な医師が来るまで大丈夫だろう。
とはいえ、まだ油断はできない。私は作った薬湯を飲ませて、体を拭き、ベッド脇に水を置いておく。
「おはよう、リリエさん。少しは休んだ?」
カイル公爵が部屋に顔を出す。朝早くにもかかわらず、彼はきちんと身だしなみを整えていて、優しい笑みを浮かべている。
「いえ、ほとんど眠れず……でも子どもたちが落ち着いてくれて、本当に助かりました」
「そうか。すごいよ、君の頑張りは。外で村人に聞いたら、“リリエさんが夜通し面倒を見てくれた”って感謝してた」
(私だけじゃない、ルナのおかげもあるんだけど……)
「公爵様もお疲れさまです。夜中まで村人の避難場所や食料の手配をして下さったとか……」
「まあね、領主の立場上、できることはやらなくちゃ」
“当たり前だよ”と照れたように鼻をかく公爵。
そのとき部屋の奥からルナが「ママー、お水汲んできたよ!」と勢いよく入ってきた。彼女はバケツを手にしていて、こぼさないように慎重に歩いている。
「あら、ありがと。……でも少し重いでしょ? 手伝ってもらえばいいのに」
「大丈夫だよ。わたし、力あるから!」
満面の笑顔を向ける娘に、公爵はくすっと笑う。
「ルナちゃんも朝からがんばってるんだね。――本当に偉いなあ」
「えへへ……」
微笑ましい光景が一瞬広がるが、私はうっかり心が緩みそうになってしまう。
(だめよ、油断しちゃ。あの騎士さんもいるし、変に目立てばいずれ疑われる……)
やがて、午前中のうちに正式な医師たちが北の集落へ到着した。
――といっても、年配の医師が1人と、その弟子らしき若者が2人。道中の悪路もあり、本格的な器具を運びきれなかったようだ。
「それでも来てくれただけでありがたい……!」
集落の人々は口々に喜びを示す。医師たちが子どもたちを診察し、「おや? 想像よりも容体が安定しているな」と首をかしげた。
「昨夜まで高熱で危ない状態だったと聞いたのだが……もしや、適切な処置を受けていたのかな?」
「えっと……リリエさんが、薬草の看病をしてくれて……」
「なるほど、彼女はどこにいる?」
看病した私が呼ばれる形で医師に説明を求められ、薬草の種類や煎じかたを伝える。
「ふむ……なるほど、その程度の草で高熱が下がるものか。いや、間違ってはいないが、ここまで効果が出るのは珍しいな」
老医師が怪訝な顔をする。私は困って曖昧に笑うしかない。
(実際のところはルナの魔法が大きかったんだけど……)
ともあれ医師たちが本格的な治療を開始し、村全体の病状確認に入ることで、今度は逆に“リリエの不思議なおまじない”が集落で話題になり始めた。
「やっぱり“普通じゃない力”があるんじゃ……?」
「でもきっと、リリエさんは私たちを助けるためにやってくれたんだわ」
噂が噂を呼んで、私の耳にも届く。私は「まいったな……」と額を押さえる。
「うーん、こうなるとますます公爵様や騎士さんに目をつけられるかも……」
そんな不安を抱えながら外へ出ると、案の定、ゲルハルト騎士の姿があった。遠巻きにこちらを見ている。
(まずい……いったいどんな顔で通り過ぎればいいのか。気づかないフリが一番?)
少しだけ頭を下げて横を通り抜けようとしたら、ゲルハルトがスッと距離を詰めてきた。
「リリエさん、昨日は夜遅くまで頑張っていたようですね。病人の容態がずいぶん良くなったとか」
「は、はい……皆の協力のおかげで、何とか……」
ぎこちなく答える私に、騎士は淡々と続ける。
「しかし、不思議ですね。どんなに薬を工夫しても、一夜にして大幅に回復するのは稀です。……あなた、本当に“薬草”だけで治したんですか?」
「ええ……それ以外の何があるというんですか?」
私は必死で平静を装う。するとゲルハルトは小さく笑い、顎に手を当てた。
「そうでしたか。――いずれにせよ、病人が快方に向かうのは喜ばしいことですね。お疲れさまでした」
そう言って騎士はすれ違いざまに、静かに立ち去っていった。その姿を見つめながら、私は冷たい汗が背筋を伝うのを感じる。
(……やっぱり疑っているのね)




