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「お前のところの妾から産まれた子は、またもや女子か」
朝食の席で、先代――つまりエドガーの父親であるハイルバード老伯爵が吐き捨てるように言った。
「一族の力を高めるには、まずは男子をもうけるのが急務だというのに……」
「父上、それを言われても……この先、リリエに期待するほかないでしょう」
「ふん! お前は甘いな。あの髪色……まるで何代も遡った先祖の色とも違う。あれでは外の血が混じっていると疑われても仕方ないだろう。そんな子が本当にうちの跡取りになるものか」
そう言い捨てると、老伯爵は杖を鳴らしながら部屋を出て行った。エドガーは苦虫を噛み潰したような顔で、ただ無言だ。
私は人目を忍んで廊下の陰でやり取りを聞いていた。その場には顔を出せない立場だが、老伯爵の激しい剣幕は嫌でも耳に入る。
(男子が産まれなかったのは、そんなに責められること? 私は女だからいけないの?)
ギリッと唇を噛む。――私は妾とはいえ、娘に誇りを持っている。貴族の慣習では「男子こそ家を継ぐ」「女児は役に立たない」なんて価値観が蔓延しているけれど、私に言わせれば時代錯誤だ。
しかし、ここは伯爵家。私のような弱い立場の者が声を上げたところで、どうにもならない。
使用人たちも老伯爵の機嫌を損ねたくないのか、ルナに対して薄い笑みを浮かべては一定の距離を取る。“居場所がなくなっていく”そんな不穏な空気を日に日に感じるようになった。
ルナが3歳になった頃、思いもよらない出来事があった。
ある日、私が自室で縫い物をしていると、ドタドタと足音を立てながらルナが駆け込んでくる。
「ママ! みて! これ!」
そう言って手のひらをこちらに向けると、ほんのかすかだけど、光の粒が揺らめいているのが見えた。
「……ルナ、それは……魔法?」
わずかに漂う温かい気配。その瞬間、私は心臓が大きく高鳴った。魔法はこの国において“貴族”の血を引く者だけが扱える高貴な力とされている。つまり、ルナが魔力を持っているのは当然といえば当然……なのだけれど、そんな幼いころから顕在化するのは極めて珍しい。
「すごいわ……ルナ、痛くない? 気分は悪くない?」
「うん、だいじょうぶ! ちょっと熱いけど、なんかキラキラして面白い!」
3歳児の無邪気な笑み。その手からは、紛れもない魔力が立ち上っていた。
(ああ、やっぱりこの子には特別な力があるのかもしれない……)
なぜだろう、私は嬉しい気持ちと同時に、強い不安を感じた。もし老伯爵がこの“早すぎる魔力の発現”を知ったら、どうなるのか? 伯爵家に認められるどころか、“不気味な存在”とみなされはしないか。
「ルナ、これはまだ内緒ね。ほかの人には言っちゃだめよ。ママと二人だけの秘密」
「えー? どうして? すごいって言ってほしいのに」
「……お願い。ママのわがままだと思って」
何もわからない幼い娘に頭を下げるように懇願するなんて、我ながら惨めだと思う。でも今は、ルナを守れるのは私しかいない。
こうして私たち母娘は、こっそり魔法の練習をすることにした。もちろん大っぴらに練習できるわけもなく、夜、使用人たちが寝静まったあとの一室で。誰にも知られないようにこそこそと。――しかし、それがいずれ仇となるとも知らずに……。