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しばらくして、公爵たちと一緒に広大な畑を見回っていた。麦畑から根菜畑まで、そこここに農民たちが働いている。
「収穫は順調そうですか?」
「はい、公爵様。おかげさまで今年は害獣の被害も少なく……」
そんな会話を遠巻きに聞きながら、ルナと並んで歩いていると――突然、バタバタバタッと鳥の群れが飛び立つ音がした。
「うわっ、何事?」
畑の奥で騒ぎが起きているようだ。農民たちが「ぎゃー!」と悲鳴をあげ、手を振り回している。
「どうやら野犬の群れが来て、家畜や作物を荒らしているらしい!」
「あらま、それは大変……!」
公爵は「すぐに追い払おう」と家臣を指示するが、人数が少ないのか間に合わない。野犬はすばしっこく、複数で作物を踏み荒らしながらゴチャゴチャと走り回っている。
ルナは「わあ、犬さんだ!」と呑気な声を出しかけて、慌てて口を塞いだ。危険な状況だ。
「何とかしないと畑がメチャクチャになっちゃうよ!」
マーサがあたふたしている隣で、私も腕まくりしたが……野犬相手に何ができる? 棒を持って追いかけるにしても、噛まれたら大怪我を負うかもしれない。
「……ルナ、絶対に魔法は使っちゃだめよ」と思わず釘を刺す。
しかし娘は心配そうに畑を見つめている。「でも、このまま放っておいたら作物が台無しだよ……」
「そこは大人たちが何とかするから! ルナは下がっていて!」
農民や公爵の部下たちが野犬を追い払おうと駆け回る。しかし、数匹の犬が吠えながら突進してくると、農民たちは後ずさりせざるをえない。
そんなとき――
「失礼します!」
ゲルハルト騎士がさっと前へ躍り出る。抜刀しながら鋭い目つきで野犬たちをにらみ、瞬く間に二、三匹を威嚇して追い払った。体の動きがキレキレで、さすが貴族の騎士と感心してしまう。
残りの犬たちも驚いたのか、吠え声をあげつつ逃げ散っていった。
「ふう……まったく厄介な奴らだ」
ゲルハルトが剣を納める。公爵が近づいてきて「ありがとう、助かったよ」と肩を叩く。
「ああ、これぐらい朝飯前です」
そのままゲルハルトはちらりと私たちのほうを見た。――一瞬だけ、ルナを見やる視線があったのは気のせいだろうか。
ともあれ、野犬騒動はひとまず収まり、畑の被害も最小限で済んだようだ。
「ゲルハルト、なかなか腕が立つじゃないか。流石は我が騎士団の精鋭だね」
畑の一角でひと息ついていると、公爵が微笑ましそうに騎士を褒める。ゲルハルトは「恐れ多い」と一礼。
「ですが、公爵様。今のが単なる野犬だったことが幸いでしたが……もしもっと危険な魔獣が出るような地域なら、村の人々だけでは対処しづらい。軍備が必要でしょうね」
「そうだな。辺境の治安向上は急務だ。今回の視察結果も踏まえて対策を考えよう」
カイル公爵は真面目な表情で頷く。その横には農民たちが「ありがとうございます」と頭を下げている。
そんななか、私とルナは目立たないよう後ろに下がり、「はあ、怖かった……」と胸をなで下ろす。
「リリエさん、ルナちゃん、大丈夫でしたか?」
振り向くと、公爵がこちらに来て声をかけてくれた。
「あ、はい……私たちは特に怪我もなく……」
「それならよかった。驚いただろうに……ごめんね、ルナちゃんも怖い思いをさせて」
「ううん、わたしは平気!」
無邪気に笑うルナに、カイル公爵はほっとした顔を見せる。
「あれだけの野犬なら、たしかに騎士団の力が必要だね。でもマーサさんやリリエさんが、棒切れを持って立ち向かおうとしてたのには驚いたよ」
「い、いや……何もしてませんよ。ただ、動物に慣れてないと危険ですから……」
「君は貴族の出らしいと村長から聞いていたが、随分度胸があるんだな」
その言葉に、思わずドキッとする。やはり村長が余計なことを公爵に伝えていたのか。カイル公爵の瞳が、じっと私を見つめていた。
「……まあ、私なりに色々経験があるだけです」
「そうか。でも、何か悩みがあったら遠慮なく言ってくれ。君たちが安心して暮らせるようにするのが、僕の務めだから」
穏やかな声。しかし、その“貴族出身”というワードが出るたびに、私はやはり落ち着かなくなる。
(公爵様はどこまで知ってるの? そして、どこまで私に踏み込んでくるの……?)




