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「おい……そこの家に、さっき女の子と母親が入っていったな?」
「え、ええ? マーサの家ならあちらですが……あんたは誰だい?」
騒ぎを耳にしてやってきたらしい。村人の話によると、何やら見慣れない鎧姿の男が村をうろついているらしい。軽装だが、背には剣を差していて、いかにも“騎士か兵隊”という出で立ちだ。
「いや、偶然この辺りを通りかかっただけだ。……ここで流行病が出ていると聞いたが、大丈夫か?」
「ま、まあな。だが、お前さんに関係ないだろう?」
村人たちはよそ者に警戒している。辺境のこの地に、なぜ騎士のような人物が?
それは私たち母娘が知る由もないが――その男は鋭い目つきで、マーサ宅をちらっと見やり、すぐに何処かへ立ち去ったらしい。
そして翌日、私は村で買い物をしている最中、偶然その男と鉢合わせしてしまった。
「――あ……!」
「おや、そこの女性……いや、あなたは……?」
彼は髪を短く刈り込んでおり、一見すると若い兵士のように見える。立ち姿は凛々しく、微かに貴族社会の香りを感じさせる雰囲気だ。
「え、えっと……初めまして、私はこの村に最近越してきたリリエと言いますけど……」
反射的に名乗ってしまった私に、男はやや目を細めた。
「リリエ……そうか。俺はゲルハルト。ここの領主――アルビス家に仕える騎士だ。視察の下準備のため、先んじて村を巡回している」
「つ、仕える……ということは、やはり公爵様が近々いらっしゃるんですか?」
やっぱり噂は本当だったらしい。公爵の公式な視察に先駆け、こうした騎士が下見に来るのはよくある話――でも、私が生きてきた伯爵家での常識によれば、こんな辺境に騎士が出向くなんてそう滅多にない。
(どうしてこんなところまで? それに、なぜ村人じゃなく私を探るような視線を?)
胸の奥で警鐘が鳴る。だが、ゲルハルトは一見にこやかに微笑んでみせる。
「あなたが昨日、病を患った子どもを助けたという話を耳にしましてね。大事に至らなかったのなら何より。……何か不思議なおまじないを使ったとか?」
「え……」
冷や汗が背筋を伝う。村の噂の広がりは早いと聞いていたが、もう騎士の耳にまで届いているの?
「い、いえ、そんな大したことでは……ただちょっと昔に覚えた処置をしただけで」
「なるほど。いや、もし珍しい技術をお持ちなら、領主様がお喜びになるかもしれませんよ。辺境の医療環境はどうしても脆弱ですからね。……ふふ」
ゲルハルトの笑みは、どこか底知れない。彼はさりげなく私の背後にいるルナも見ていた。
「それでは失礼します。また何かあれば声をかけてください。公爵様がお越しになる前に、村の問題点を洗い出しておきたいので」
そう言い残して、ゲルハルトは静かに去って行った。
私はその背中を見送って、ぎゅっとルナの手を握る。――まさか、あの人にルナの正体を探られているのでは……?
(落ち着いて、リリエ。まだ決まったわけじゃない。でも、用心しないと……)




