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翌朝。
少し肌寒い風が吹く中、私は家の周囲の掃除をしていた。借りた空き家の前には大きな木があり、季節の変わり目には大量の枯れ葉が落ちてくるのだ。
「ふう……掃いても掃いても終わらないわね。ルナ、そっちの角は任せたわよ」
「はーい!」
ほうきを手にしたルナが、楽しそうに枯れ葉を集めてポイポイ捨てている。これだけ見ると親子仲良く庭掃除――微笑ましい光景だが、実は私はハラハラしていた。
(ルナがまた魔法を使って、ふわーっと葉っぱを飛ばしちゃわないかしら……)
最近、ルナは日常の些細なことに魔力を使おうとする癖がついていて困る。もちろん村人に見られたら厄介だし、何より「公爵様が来るかもしれない」という噂がある状況で、変に目立ちたくない。
「やっぱりここ、めんどくさい。ねえママ、風でササッと飛ばしちゃダメ?」
「ダメに決まってるでしょ。頑張って手を使いなさい!」
「ええー……」
ちょっぴり拗ねるルナ。しかし次の瞬間、村の奥からマーサの怒鳴り声が聞こえ、私たち親子はそちらへと視線を走らせた。
「誰かお医者様、いないのー!? うちの子が熱を出して倒れちゃってるのよ!」
市場で仲良くなったばかりのマーサが、泣きそうな顔で助けを求めている。話を聞けば、今村で少しずつ流行病のようなものが広がっているらしい。
私は思わず手を止めた。伯爵家の頃、多少は薬草学や簡単な看病の知識を学んだが、専門家ではない。
「わたし、薬はちょっとだけ作れるけど……」
「ほんと!? お願い、助けて!」
マーサに腕をガシッと掴まれ、私は青ざめる。
(この村にはちゃんとした医者がいないの? ……いや、そういえば前に“町まで行かないと本格的な治療は難しい”って聞いたっけ)
病に苦しむ子どもを放っておくわけにもいかない。私は薬草の知識を総動員し、急いで家にあった数少ない材料をかき集めた。
マーサの家に到着すると、彼女の幼い息子――ティオが床で唸っていた。おでこに手を当てると、相当高熱だ。
「こりゃ大変だ……」
「薬草を煎じて飲ませるから、ちょっと待ってて」
私は慣れない手つきで薬湯を作り始める。マーサは心配で落ち着かない様子。ルナは「何かできることない?」とキョロキョロしている。
(うーん、熱を下げるには時間がかかる……少しでも症状が緩和できればいいけど)
そう思い、ティオの首筋を冷やしたり、身体をタオルで拭いてあげたりする。そこへ、ルナが恐る恐る言った。
「ねえママ……わたし、ちょっとだけ手伝ってもいい?」
「え……」
一瞬、背筋が凍る。ルナの言う「手伝い」というのは、例の魔力のことだろうか。
(でも、ここで病気を治せるなら……マーサの子は助かるかもしれない。だけど、もし派手な光を放ったら?)
葛藤が脳裏を駆け巡る。でも、ティオの苦しそうな呼吸を見ると、少しでも彼を救えるなら……という気持ちも湧き上がる。
「……いいわ。でもできるだけ、目立たないように。ほんの少しだけね」
私が耳打ちすると、ルナはこくんと頷いた。
「ティオ君、痛いの痛いの……飛んでけ……」
ルナの小さな手が、ティオの胸のあたりにそっとかざされる。ほとんど見えないほどのほんの小さな光が、かすかに立ち上った。――まるで、空気がふわりと揺れたように。
「ティオ! ……息が、ラクになったような……?」
マーサが息をのむ。実際、さっきまで苦しげだったティオの息遣いが少し落ち着いたように見える。もちろん、完治したわけじゃないけど、これは確かな回復の兆し。
「ごほ、ごほ……」
「ティオ、大丈夫?」
私は急いで薬湯を冷ましてティオの口元へ近づけた。彼はゆっくりと目を開き、薬を少し飲み下す。さっきより表情が和らいでいる。
(よかった……ルナがちょっと手助けしてくれたおかげね)
マーサは涙目でルナの手を握る。
「ありがとね、ルナちゃん……あなた、一体どうやって……?」
「え、ええっと……ちょっとしたおまじない、みたいな?」
「そ、そうなのよ。子どもの遊びでやるような簡単なおまじない。たまたま効いたみたいで……」
私は慌てて言い訳をする。マーサは「そうなの?」と首を傾げつつも、今は息子の容体が少し落ち着いたことに安堵している様子だ。
「ともかく……本当に助かったわ。ありがとう、リリエさん、ルナちゃん」
私たちはほっと胸を撫で下ろし、ティオを看病するために村長の家へ知らせに行く。だが、このとき私はまだ気づいていなかった――ルナが小さく使った魔力を、外から覗き見ていた“第三者”がいることを。




