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「おめでとうございます、リリエ様。かわいらしいお嬢様ですよ」
使用人のマティルダが布にくるまれた赤子を私の腕にそっと渡してくる。
私はその子の小さな顔を見下ろし、胸がいっぱいになった。名前はルナと名付けることにしている。
「……ありがとう、ルナ。あなたが生まれてきてくれて本当に嬉しいわ」
それは私にとって、かけがえのない幸せの瞬間だった。――あの人にとっては、どうかはわからないけれど。
ベッドで体を横たえたまま、大きく息を吐く。そこへドアの開く音がして、顔を上げるとエドガー伯爵がゆっくりこちらに近づいてきた。
「体調はどうだ、リリエ?」
「はい……産後なので、少し動くのが辛いですが……」
「そうか。……女の子か」
伯爵の声は沈んでいる。先代から続く名門ハイルバード伯爵家。その次代を担う“男子”の誕生を切望していた彼にとって、娘の誕生は期待外れもいいところなのかもしれない。
「すみません……お役に立てず……」
「いや、仕方ない。お前はまだ若いし、次がある。……ただ、父上がうるさいからな。気を張っておいてくれ」
人目をはばかるように短く言うと、エドガー伯爵はさっと部屋を出て行った。その背中からは失望感と焦りが滲む。
どこか胸が痛んだ。だけど、ルナを腕に抱いた瞬間に芽生えた“愛しさ”は決して揺るがない。私にとって、娘の存在が何よりも尊いことに変わりはないのだから――。
ルナが生まれて半年も経たない頃から、エドガー伯爵家の使用人たちのあいだで、妙な噂が囁かれるようになった。
「奥様にしては、あの子の髪色がちょっと……薄すぎやしない? 伯爵や他の家族の色とも違うわ」
「さあね。まあ、妾の子だし……何かあるのかもね」
真偽を確かめるように、使用人たちの視線がちらちら私と娘に向けられる。私はなるべく気にしないよう心がけていたけれど、エドガーにしてみれば気にせずにはいられないらしい。
「なあリリエ、本当に……俺の子なんだよな?」
ある夜、部屋にやってきた彼は明らかに苛立っていた。
「当然です。疑うなら、証拠でも何でもお出しください」
私も腹が立って、思わず強い口調になる。伯爵家における“妾”である私が主人に食ってかかるなんて、本来あり得ない。でも娘を侮辱するような態度を黙って見過ごせなかった。
「……悪かった。そう怒るな。ただ、あの子が女の子なのも、お前に似ていない感じがするのも……俺にもどうにも納得できなくて。何か事情があるなら、話してくれ」
「ないわ。ルナはあなたの娘よ」
私はルナを抱きながら何度もそう言い聞かせた。けれど伯爵の目はどこか冷ややかだ。
このとき私は、まだ知らなかった。――“髪色の不一致”が、ゆくゆく私たちを追いつめる決定的な火種になることを。