第三話 人の恋路をスパイする
神谷綾華は、一人ベッドの上で考え事をしていた。
はあ、どうしよう。
ずっと、心のモヤモヤが収まらない。
やっぱりそうなんだね。
忘れたと思ってたんだけど、忘れられないか。
「ああああ。もう。」
私の気持ちは変わらないか……
気づきたくなかったのにな。
というか、思い出したくなかった。
辛くなるのは、私だけだから。
ずっと前から、いつも楓に振り回されてばっかり。
しょうがないね。諦めるって難しい。
私は、楓のことが……
*
最近楓を見かけることがあるのですが、よく隣に可愛らしい女子が歩いているのを見かけます。
彼女の名前は霜月有栖というようです。
転入生である霜月さんは頭もよいらしく、テストでは一瞬にして順位を抜かされてしまいました。
今年、霜月さんとは同じクラスになりました。
私は同じクラスになってから、よく彼女のことを気にしてしまいます。
時々、彼女が楓と話しているのをみると、少し胸が引き締まる感じがします。
このままでは、何もかも、霜月さんに負けてしまいます。
でも、一つだけは譲れません。
楓。
楓だけは絶対に私がもらう。
私は霜月さんに話しかけてみました。
楓のことは渡さないですが、霜月さん自体とは仲良くなってみたいと思わないこともないです。
「楓は私のものです」
私はついこんなことを言ってしまいました。
霜月さんいは悪い印象を持たれちゃったと思います。
失敗しました。
私はいつも楓のことになるとよくわかんないことを言っちゃう。
「霜月さんは、楓がすきなのですか?」
そういうと、霜月さんの顔は赤くなっていました。
その顔は女子の私からみても可愛いと思いました。
「え、私は……」
恥ずかしそうにする霜月さん。
「ごめんなさい。綾華さん。あまり好きだとかいうのは分からないのですが、楓くんと一緒にいたいとは思います」
霜月さんが楓を好きかは分からない。
霜月さんとは仲良くしたいと思っています。
でも、もし楓をとられるというのなら、話は変わります。
「変なことを聞いてすみません。霜月さん、よろしくお願いしますね」
***
「楓くん」
「どうした?」
特に意図はなく、放心状態だった俺は、霜月に話しかけられた。
「楓くんって好きな人いますか?」
「え、急にどうした」
「ただ気になっただけです」
好きな人か。
わからない。
仮にお前は霜月が好きなのかと言われても否定はできない。
でもこれは、恋という好きなのか?
俺にはわからない。
仮にそれが綾華であっても同じだ。
霜月にはなんて言うか。
「いない」ならまだしも、「分からない」はダサい気がする。
「いないのですか?」
「いや、いないというか、、」
いっそのこと言ってみてもいいな。
「分からないとかですか?」
「え」
ばれた?たまたまだよな?
「あれ、図星でした?」
霜月は笑いながら言った。
「ま、まあな」
「私も分かりませんでしたよ」
「そうなのか?」
やっぱそんなもんなのだろうか。
「はい」
「じゃあ、霜月はいるのか?好きな人」
「さあ、どうでしょう」
***
「楓、ちょっといいか?」
「ああ」
去年からの友達である水無月蒼空が俺を呼ぶ。
綺麗な青色の短髪の水無月。
イケメンで、頭もいいハイスペックな彼。
Aクラスでも問題ないほどの逸材だ。
きっと来年にはAに上がっているだろう。
「お前文化祭の責任者やるんだったよな?」
「ああ、なにかあったか?」
「文化祭の準備ってさ、グループごとに役割みたいなの決めてやったりするか?」
俺はそのつもりでいる。やることは分担したほうが効率がいいだろう。
「そのつもりだが、なにかあるのか?」
「グループになりたい人がいてな……」
水無月がこういうことを言うのは結構珍しい。
「もしかして、あいつか」
俺は目線で訴える。
俺と水無月の目線の先にいるのは、神楽坂心。
この前水無月が一目惚れしていたから、なんとなく予想がついた。
「で、俺に何をしろと?」
「それは楓の判断にまかせるよ。」
素直にお願いすればいいものを。
にしても、どうするか。
水無月の恋も見てみたいものだ。
少し頑張ってみるか。
俺はある作戦を思いつく。
そんなに大した作戦ではないが。
作戦のため、俺は同じ責任者の霜月に話しかける。
「霜月。文化祭のことで相談がある。」
「神楽坂心ってわかるか?」
「分かりますよ」
「率直にいうが、水無月が神楽坂のことを気になっているっぽい」
「相談とはそんなことですか?」
少し馬鹿にするように霜月は言ってくる。
「そうだ、でも水無月の恋は応援したいと思わないか?」
「それもそうですね。でも、問題点がありますよ」
「ああ。その通りだ」
その問題点とは何か。
俺と霜月が水無月の恋を応援したい気持ちはやまやまなのだが、もう一人俺たちが応援している恋があるのだ。
それが、霜月の友達、水藻亜美。
透き通った水色の長い髪をなびかせる彼女。
水藻は水無月の幼馴染なのだ。
そして、水藻は水無月に恋をしている。
そう、どちらかの恋が実る場合、どちらかの恋が終わってしまう状況に陥っている。
「水藻さんを捨てるなんてこと私にはできませんよ」
「俺も同意見だ。だからこの恋愛は中々難しい」
「だが霜月。俺は水無月に協力すると言ってしまった。とりあえずどっちを応援するとかは置いといて、最初の段階だけ協力してくれないか?」
「最初の段階というのは、水無月くんとその神楽坂さんが話すきっかけという解釈でいいですか?」
「ああ。」
とりあえず、水無月の恋路の入り口を作る作業だけしてやりたい。
水無月もモテはするが本人から行動することは今までなかったらしく、どうすればいいかわからないそうだ。
「じゃあ、とりあえず作戦をお聞きしましょうか」
霜月が俺の作戦を求める。
それに納得すれば、手伝ってやる。そんな雰囲気を醸し出している。
「とりあえず仕事の分担をする時、グループ分けをするだろ?それであの二人が同じグループになれれば、自然と話すチャンスが生まれる」
「言いたいことはわかりますが、そんな都合よくなれるのでしょうか。責任者だからって、私たちが勝手に決めるのも違いますし……」
だから、霜月にお願いをしているのだ。
「霜月、神楽坂と友達になれないか?」
これは、水無月のためでもあるし、まだ転入したばっかで友達が少ない霜月のためにもなる。
「なるほど。それでグループを組む際、私と神楽坂さんが組んで、そこに楓くんと水無月くんが来れば、自然と同じになれますね。」
霜月の言う通りである。
「そういうことだ。それに、俺と霜月は責任者の仕事もある。それをする間は自然と水無月と神楽坂が二人になれる。完璧じゃないか?」
「面白いです。でも私、できるでしょうか」
「大丈夫だ。俺とお前がこうやって話しているのも、お前が俺に話しかけてくれたからなんだし。文化祭のことなど適当に口実にして近づけばいい」
転入初日、先に話しかけてくれたのは霜月だ。
「私、頑張ってみますね」
「もし神楽坂がやばい奴だったら話は別だけどな」
「分かっていますよ」
「話はそれだけですか?」
「ああ、ありがとう霜月」
俺はいつもこうしてばかりだ。
恋愛という言葉。俺にはよく分からない。
でも、人の恋愛というものは見てるだけで楽しい。
恋が分からない俺は、人の恋愛を見る。
それをかっこつけてスパイなんて言ってもいいかもしれない。
恋が分からない俺。
それが分かる日を俺は待ち望んでいる。
彼女が欲しい。
みんながしてるような恋愛を俺もしてみたい。
色々な人の恋愛を見れば、もしかしたら俺にも恋が分かるのではないか。
その日を待ち続けて、俺は人の恋路をスパイする。