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9.強制イベントクリア




「あ――ティダル様。おはようございます」

「お、おはようございます、セイフィーラ様。あの……ついさっき、ここに来て……。少し話を聞いてたんですが、昨日の放課後のこと、僕……話せます」



 ティダル様の辿々しい言葉に、ユークリット様が勢い良く彼の方に身を乗り出して言った。



「本当か!? よろしく頼む、ティダル君」

「は、はい……じゃなくて、畏まりました、王子殿下」



 子爵令息であるティダル様は、ゲームには出てこない人物だ。

 彼は緊張した様子でこちらに歩いてくると、ゴクリと唾を飲み込み、ゆっくりと口を開き話し始めた。



「え、えっと……。昨日は、僕の席の前にセイフィーラ様と殿下が座っていまして……。放課後、帰り支度をしながら、何となくお二人を見ていたんです。そしたらリルカ様が来てお話された後、殿下と護衛様とリルカ様は席を離れていきました。僕も帰ろうとすぐ席を立って、入り口に向かったところにセイフィーラ様も来られたんです」



 ……うん、ちゃんと覚えているわ。



「セイフィーラ様が、僕に『ティダル様もお帰りですか? 折角ですし、玄関まで御一緒してもよろしいですか?』って訊いてきたんです。僕の名前を覚えてくれていたことにすごく嬉しくなって、二つ返事で了承しました。セイフィーラ様は僕に気さくに話し掛けて下さって、笑顔も声も素敵で……」



 えっ? 同じ学級の生徒達の名前を覚えるのって当たり前のことじゃないの?

 そ、それに、ほ……褒めなくていいから! そこいらないからっ! 恥ずかしいからっ!



「お蔭で、玄関までの道のりはあっという間でした。玄関でセイフィーラ様の侍女さんが待っていて、セイフィーラ様は僕に笑顔で手を振り別れの挨拶を言うと、侍女さんと一緒に外に出て行きました。その……何となく名残惜しくて、二人が馬車に乗って走り去るのを見届けると、僕も帰路に就きました。えっと……だから、セイフィーラ様がリルカ様の教科書をそんな風にすることは絶対に出来ないです。だって授業が終わってすぐに帰られたのですから……」



 ティダル様の証言に、教室内は痛いほどにシーン……となった。



 ……ティダル様が、私達の馬車を見送ってくれていたなんて思ってもみなかったわ……。

 ユークリット様が、教室にいる皆に私の動向の質問をした時、ティダル様の名前を出そうか悩んだのよね。

 でも、彼と別れてまたすぐに教室に戻ったんでしょって言われてしまった場合、真っ直ぐに家に帰ったことを証明出来る物を持っていなかったから……。


 それに、彼を巻き込んでしまうのは申し訳ない気持ちもあったし……。



 恐らくだけど、ティダル様がゲームに出てこない人物だから、“強制力”の影響を受けずにこうやって私の味方になって証言することが出来たのね。


 彼に深く感謝だわ……。



「……ティダル君、ありがとう。申し分ない証言だ」

「あ、ありがとうございます、殿下……」

「本当にありがとうございます、ティダル様。お蔭で無実を証明出来ましたわ」

「いっ、いえ! セイフィーラ様のお役に立てたのなら嬉しいですっ!」



 私は心からの感謝を込めて、ティダル様にニコリと微笑み頭を下げると、彼は顔を真っ赤にして首をブンブンと左右に振り、叫ぶように言葉を出した。



「……ティダル君。一つ言っておくが、セイフィーラは誰にでも優しいんだ。誰にでも気さくに話し掛け、可愛い笑顔を向ける。それは私だけに向けて欲しいんだが……。ともかく、勘違いは絶対にしないように」

「ヒッ……わ、分かってますっ!!」



 ティダル様はユークリット様の顔を見て、蛇に睨まれた蛙のように縮こまっている。

 え、ここからじゃ見えなかったけど……どんな顔してたのユークリット様!?


 それに、その言葉……まるで嫉妬――いやいやないないっ、ヒロインが現れたんだからっ。現に彼女に一目惚れしてるんだから! 勘違いしそうになるから意味深発言は止めて下さいっ!



「――皆、聞いただろう。セイフィーラは犯人じゃない。直接見ていないのに赤の他人の言うことだけで非難するのは実に愚かなことだ」

「……はい、申し訳ありません……。セイフィーラ様、本当に申し訳ございませんでした……」

「すみません、セイフィーラ様……」

「誠に申し訳ないです……」



 ユークリット様の言葉を受けて、取巻き達が意気消沈し、次々と頭を深く下げて謝ってきた。私は首を横に振り、皆を許す。

 何事も平和に穏便に済ますのが一番よ。争ったって何も良いこと無いものね。



「……カストラル令嬢。その切られた教科書はもう使い物にならないから、私が処分しておこう。犯人は私が調べて探しておく。新しい教科書を先生に貰いに行くから、付いてきてくれ」

「……はいぃ」



 ユークリット様が先に歩き始めると、ウルスン様はリルカを見、教室の入口に向けて顎をしゃくり『歩け』と促す。

 リルカはユークリット様の遠ざかる背中を憮然として見ていたけれど、やがてクスンと鼻を鳴らすと小走りで教室を出て行った。




 ……? ――あ、あら? 終わった? 『教科書切り裂きイベント』終了……なの?

 でもこれって物語通りじゃないわよね? ユークリット様とリルカのあのやり取りも無かったし、二人仲睦まじく出て行かなかったし……。



 ――あ! もしかして、



 『教科書切り裂きイベント発生』

 『教科書を貰いに、ヒロインと王子が教室から出て行った』



 ……という、“最初”と“最終事実”があればそれでいいの?

 “強制力”はそれで、「あぁ、今日もしっかり仕事したなぁ!」って満足するの!?




 ……もし、もしもそうだとしたら……。




 “強制力”……。貴方やっぱり色々と杜撰だわ……。






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