4.打ち砕かれた希望
「な……何を……言ってるんだ? 君は――」
「もし今日彼女が転入して来なかったら、今の話はとても質が悪い夢のお話だと受け流して欲しいの。けど、彼女が実際に来てしまったら、貴方が彼女を愛することは、とても悔しいけれど誰にも止められないわ……」
それを想像すると涙が出そうになり、唇を噛んで堪える。ユークリット様は私の様子に、冗談を言っていないことが分かったようだ。
「……本当……なのか、それは……?」
「えぇ、本当のお話よ。その……予知夢で見たのよ。私、極稀にだけど、未来のことを夢に見ることがあるの。先祖でそんな力を持った人がいたみたい」
「そうなのか……! それはすごいな!」
ユークリット様は素直に感心している。
私を信じてくれる彼に心苦しい気持ちになったけれど、
「実は私、《前世》の記憶を持っていて、この世界は私がプレイしていたゲームの世界なの」
――って言われても、流石にこれは信じて貰えるわけがないだろう。頭がおかしくなったと心配されても不思議ではない。
「それで、貴方は転入して来た彼女と初日から急激に仲良くなっていって、ある日私に言うの。『俺は彼女を愛してしまった。彼女も俺を愛していると言ってくれた』……って」
私の言葉に、ユークリット様は露骨にその美麗な顔を顰める。
「……それは……。愛する可愛い婚約者がいるのに、他の女に目移りするなんて、俺はかなりのクズ野郎だな……」
「いいえ、それは違うわ! 私の愛する貴方を、そんな汚い言葉で悪く言わないで!」
物語の“強制力”が強いから仕方がないのよ……!
「……その後、二人の親密な仲に嫉妬で狂った私は、彼女に嫌がらせをするようになるの……。それこそ私がクズだわ……。そんな愚かで大人気のないことを――」
「君こそ、俺の愛する君を悪く言わないでくれ。君は誰よりも気高く美しいのだから」
「……ありがとう……。貴方も、誰よりも気高く尊いわ」
「……セイフィ、ありがとう。心から愛してる」
「ユーク、私も……」
私達は暫し熱い眼差しで見つめ合い、頬を優しく撫でられた後、ユークリット様の顔が私に近付き――
「おーい、また二人の世界に入ってますよ。もうすぐ朝礼が始まっちまいますよ? 話が途中で終わってもいいんですか?」
呆れたように飛んできたウルスン様の言葉に、私はハッと我に返り、ユークリットの顔をバッと両手で押さえる。
いけないいけない、こんなことをしている場合じゃないのに……!
ユークリット様の不服そうな表情が申し訳ないけれど、ヒロインが来る前に話をしておかなくては……!
「えっと……だから私は、貴方の幸せの為に、潔く身を引くわ。貴方の愛するであろう彼女に嫌がらせも絶対にしない。約束するわ。周りがなんと言ってこようと、貴方だけは私を信じて欲しいの。大人しく、貴方からの『婚約破棄』を受け入れるから……」
私の“悲惨な結末”を回避する為に、ユークリット様には憎まれない方が良い。
セイフィーラと両親は、本来は仲が良いのだ。両親の愛を真っ直ぐに受け、あんなに優しく良い子に育ったのだ。
そんな温かな家族なのに、たった一度の揉め事で彼女を勘当するなんて……。
まぁ、そこら辺もシナリオライターの杜撰さが出ているんだけど。
「……俺だって、絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ。『婚約破棄』も絶対にしない。俺は君としか結婚しない。君だけがいいんだ」
真剣な顔で言葉を紡ぐユークリット様に、私は嬉しさと切なさで思わず涙を零してしまった。
「セイフィ、泣かないでくれ……。俺は君の泣き顔に弱いんだ……」
ユークリット様は切なげに掠れた声で呟くと、流れる涙を唇で拭い、そのまま唇を重ねてきた。
彼と最後の口付けになるであろうそれは、涙のしょっぱい味がした……。
――その時、遠くで鐘の音が響き渡った。
「……朝礼の時間か……。とにかく教室に行ってみましょう。殿下は気をしっかり持って下さいよ。その転入生に惑わされないように」
「……分かった」
ウルスン様の言葉に、ユークリット様は神妙に頷く。
ウルスン様、突拍子もない私の言うことを信じてくれたんだ……。
私はウルスン様に深く頭を下げると、彼は口の端を持ち上げ、ひらりと手を振ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
教室に入ると、まだ先生は来ていないようだった。
ほっと息をつき、私は席につく。当然のようにユークリット様は私のすぐ隣に座った。ウルスン様は彼の隣にドカリと腰を下ろし、足を組む。
そこに丁度、先生が教室の扉を開けて中に入ってきた。
「…………!!」
私の切なる願いは、無惨にも打ち砕かれてしまった……。
先生に続いて、一人の少女が中に入ってきた。
撫子色のフワフワとした柔らかそうな髪に、同じ色のキラキラとした瞳。
誰が見ても可愛いと思うであろうその少女は、ふとこちらを見るとニコリと花のように笑った。
その視線は、確かにユークリット様を捉えていて……。
「えー、朝礼を始める前に紹介しますね。本日、この学園に転入してきた、リルカ・カストラルさんです。皆さん、仲良くして下さいね」
「リルカ・カストラルですぅ。皆様、どうぞよろしくお願いしますぅ」
リルカは、ニコニコと皆に可愛い笑顔を振りまいている。
男性陣の誰もが、その笑顔に見惚れて鼻の下を伸ばしていた。
……見たくなかった。
見たくなかったけれど、自然と私の顔はユークリット様の方へと向けられていた。
まるで、“強制力”に操られてしまったかのように。
――そして、見てしまった。
ユークリット様が、その澄んだ瑠璃色の瞳を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめていたことを――