表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/45

4.打ち砕かれた希望




「な……何を……言ってるんだ? 君は――」

「もし今日彼女が転入して来なかったら、今の話はとても質が悪い夢のお話だと受け流して欲しいの。けど、彼女が実際に来てしまったら、貴方が彼女を愛することは、とても悔しいけれど誰にも止められないわ……」



 それを想像すると涙が出そうになり、唇を噛んで堪える。ユークリット様は私の様子に、冗談を言っていないことが分かったようだ。



「……本当……なのか、それは……?」

「えぇ、本当のお話よ。その……予知夢で見たのよ。私、極稀にだけど、未来のことを夢に見ることがあるの。先祖でそんな力を持った人がいたみたい」

「そうなのか……! それはすごいな!」



 ユークリット様は素直に感心している。

 私を信じてくれる彼に心苦しい気持ちになったけれど、



「実は私、《前世》の記憶を持っていて、この世界は私がプレイしていたゲームの世界なの」



 ――って言われても、流石にこれは信じて貰えるわけがないだろう。頭がおかしくなったと心配されても不思議ではない。



「それで、貴方は転入して来た彼女と初日から急激に仲良くなっていって、ある日私に言うの。『俺は彼女を愛してしまった。彼女も俺を愛していると言ってくれた』……って」



 私の言葉に、ユークリット様は露骨にその美麗な顔を顰める。



「……それは……。愛する可愛い婚約者がいるのに、他の女に目移りするなんて、俺はかなりのクズ野郎だな……」

「いいえ、それは違うわ! 私の愛する貴方を、そんな汚い言葉で悪く言わないで!」



 物語の“強制力”が強いから仕方がないのよ……!



「……その後、二人の親密な仲に嫉妬で狂った私は、彼女に嫌がらせをするようになるの……。それこそ私がクズだわ……。そんな愚かで大人気のないことを――」

「君こそ、俺の愛する君を悪く言わないでくれ。君は誰よりも気高く美しいのだから」

「……ありがとう……。貴方も、誰よりも気高く尊いわ」

「……セイフィ、ありがとう。心から愛してる」

「ユーク、私も……」



 私達は暫し熱い眼差しで見つめ合い、頬を優しく撫でられた後、ユークリット様の顔が私に近付き――



「おーい、また二人の世界に入ってますよ。もうすぐ朝礼が始まっちまいますよ? 話が途中で終わってもいいんですか?」



 呆れたように飛んできたウルスン様の言葉に、私はハッと我に返り、ユークリットの顔をバッと両手で押さえる。

 いけないいけない、こんなことをしている場合じゃないのに……!


 ユークリット様の不服そうな表情が申し訳ないけれど、ヒロインが来る前に話をしておかなくては……!



「えっと……だから私は、貴方の幸せの為に、潔く身を引くわ。貴方の愛するであろう彼女に嫌がらせも絶対にしない。約束するわ。周りがなんと言ってこようと、貴方だけは私を信じて欲しいの。大人しく、貴方からの『婚約破棄』を受け入れるから……」



 私の“悲惨な結末”を回避する為に、ユークリット様には憎まれない方が良い。

 セイフィーラと両親は、本来は仲が良いのだ。両親の愛を真っ直ぐに受け、あんなに優しく良い子に育ったのだ。


 そんな温かな家族なのに、たった一度の揉め事で彼女を勘当するなんて……。



 まぁ、そこら辺もシナリオライターの杜撰さが出ているんだけど。



「……俺だって、絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ。『婚約破棄』も絶対にしない。俺は君としか結婚しない。君だけがいいんだ」



 真剣な顔で言葉を紡ぐユークリット様に、私は嬉しさと切なさで思わず涙を零してしまった。



「セイフィ、泣かないでくれ……。俺は君の泣き顔に弱いんだ……」



 ユークリット様は切なげに掠れた声で呟くと、流れる涙を唇で拭い、そのまま唇を重ねてきた。




 彼と最後の口付けになるであろうそれは、涙のしょっぱい味がした……。




 ――その時、遠くで鐘の音が響き渡った。



「……朝礼の時間か……。とにかく教室に行ってみましょう。殿下は気をしっかり持って下さいよ。その転入生に惑わされないように」

「……分かった」



 ウルスン様の言葉に、ユークリット様は神妙に頷く。



 ウルスン様、突拍子もない私の言うことを信じてくれたんだ……。

 


 私はウルスン様に深く頭を下げると、彼は口の端を持ち上げ、ひらりと手を振ったのだった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 教室に入ると、まだ先生は来ていないようだった。

 ほっと息をつき、私は席につく。当然のようにユークリット様は私のすぐ隣に座った。ウルスン様は彼の隣にドカリと腰を下ろし、足を組む。


 そこに丁度、先生が教室の扉を開けて中に入ってきた。



「…………!!」



 私の切なる願いは、無惨にも打ち砕かれてしまった……。



 先生に続いて、一人の少女が中に入ってきた。

 撫子色のフワフワとした柔らかそうな髪に、同じ色のキラキラとした瞳。

 誰が見ても可愛いと思うであろうその少女は、ふとこちらを見るとニコリと花のように笑った。


 その視線は、確かにユークリット様を捉えていて……。



「えー、朝礼を始める前に紹介しますね。本日、この学園に転入してきた、リルカ・カストラルさんです。皆さん、仲良くして下さいね」

「リルカ・カストラルですぅ。皆様、どうぞよろしくお願いしますぅ」



 リルカは、ニコニコと皆に可愛い笑顔を振りまいている。

 男性陣の誰もが、その笑顔に見惚れて鼻の下を伸ばしていた。




 ……見たくなかった。


 見たくなかったけれど、自然と私の顔はユークリット様の方へと向けられていた。

 まるで、“強制力”に操られてしまったかのように。




 ――そして、見てしまった。




 ユークリット様が、その澄んだ瑠璃色の瞳を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめていたことを――






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ