3.先手必勝
……っと、話題がずれてしまった……。
バッドエンドの続きに話を戻すとしよう。
記念パーティーの当日、二人はユークリットの命を狙う“黒幕”に連れ去られてしまう。
両手足を縛られたユークリットは、“黒幕”が雇った成らず者達に、美形を羨んだ彼らのやっかみも入って、数時間に及ぶ激しい暴行を休みなく受けた。
ユークリットの美形が見る影もなくなり息も絶え絶えになった頃、彼はうわ言のように呟く。
「これは……セイフィーラを裏切ってしまった……報い、なのか……。彼女を沢山傷付け……悲しませてしまった……罰……。セイフィ……君ならきっと俺を助けてくれたに違いない……。あぁ……俺は……選択を誤っ――」
「ゴチャゴチャ五月蝿いなコイツ。いたぶるのも飽きたし、もう殺すか」
……そして彼は、成らず者の手によって呆気なく斬首されてしまった。
ユークリットが暴行されている間、隙を見て何とか逃げ出せたリルカだったけれど、追いかけて来た成らず者達に崖まで追い詰められてしまった。
「何よ!! こんなことになるんだったら、あの王子を選ばなきゃ良かった!! 顔だけがいいあの男は、わたしと結婚しても浮気を繰り返してわたしを捨てたに違いないもの!! 元婚約者の“あの人”にしたように簡単にわたしを裏切って!!」
リルカは涙と鼻水でグシャグシャな顔でそう叫び、
「あんた達に穢されるくらいなら、わたしは自ら“死”を選ぶわ!! ふん、ざまーみろよっ!!」
そう言い終わる前に、荒波が狂う崖の下へと飛び込み消えていったのだった――
いつも天使のような発言をする、心清らかなリルカの口からそんな本音が漏れ、彼女の人間臭さと、暴行され彼女に助けを求めるユークリットを無視し一人でさっさと逃げた自分本位な姿が見れたバッドエンドは、結構悪くない評判になり、本編とハッピーエンドより遥かに好評価だった。
もし助かっても、二人は別れるであろうことを示唆する台詞も評価を高くしていた。
ユークリットの手のひらを返した心変わりと、婚約者がいることを分かっているのに彼と恋仲になったリルカに怒りを感じていたプレイヤーが、そのバッドエンドを見て多少は溜飲が下がったことも含めての評価だ。
とにかく、本編のシナリオが“最悪”だった。
これを書いたシナリオライターは鬼畜か!! こんな杜撰な物語で感動すると思ったのか!! ……と。
ネットの評価はどれもこんな感じで、セイフィーラが大好きだった《前世》の私も当然同じことを思った。
[勇者ルート]のシナリオが非常に良く人気なゲームだった為、あまりにも大きな反響に、[王子ルート]を作成したシナリオライターはネットを介し酷評を浴びて干され、どこのゲームでも名前を見掛けなくなった。
そして私はその後、横断歩道が青信号なのに突然高速で突っ込んできた車に撥ねられ命を落とし――気付けばこのセイフィーラ・ベラトリクスに生まれ変わっていた、というわけだ。
最初は、「ゲームの世界に転生するなんて、小説や漫画でよくある転生モノじゃない! 私の身にも同じことが!? すごいっ!!」って驚き感動したっけ。
でも冷静になって考えてみたら、よりによってこの【煌めく大空の彼方を見上げて】の、“悪役令嬢”予定の彼女だなんて……。
セイフィーラのことは本当に大好きだけど、もしもヒロインが[王子ルート]を選んでしまったら――
……いるか分からないこの世界の神を恨んだことは否定しないわ……。
二年前、《前世》の記憶を思い出した時、私は十五歳だった。
ヒロインが[勇者ルート]を選べば学園に転入してこないけれど、今の時点では何も分からない。
今から先立って『婚約破棄』をしようとも考えたけれど、破棄する理由が見当たらないし、私はもうユークリット様を愛していたから、彼女が[勇者ルート]を選んだ場合を考えると、無闇に『婚約破棄』をしたくない……。
ふと思い付いた私は、ゲームの物語以外の展開になるか試してみることにした。
十五歳だと確か、愛犬のモコが散歩中に足を滑らせ誤って湖に落ち、セイフィーラ自ら湖に飛び込んでモコを助けるという、彼女の優しさが描かれたストーリーがあった。
それはゲームの中で日付が書かれてあったので、その日の散歩は水がある場所から遠く離れた草原に出掛けた。
しかし、いつも散歩中は従順で大人しいモコが、突然リードを乱暴に振り払って走り出し、草木に隠れて気付かない場所にあった湖に真っ先に飛び込んだのだ。
私は予期せぬモコの行動に呆然としていたけれど、ハッと気付いて慌てて湖に入り、モコを救出した。
その結果風邪をひいてしまい、心配して花束を持ってお見舞いに来てくれたユークリット様も、ゲームと同じ流れだった。
他にもいくつか覚えていることを、そうはならないように慎重に行動したけれど、その相手が何か“強い力”に引っ張られるように無理矢理ゲームと同じ行動を取り、強制的にゲームのストーリーと沿うように持っていってしまう。
私はそれらの結果で、ゲームの“強制力”の強さを知った。この“強制力”には、きっとどうしたって敵わないだろう……と。
なら、ヒロインが[王子ルート]を選んだ場合、ユークリット様は確実に彼女を愛してしまうだろう。
私は、醜い嫉妬に塗れて彼女を虐めたくない。
心から愛するユークリット様に憎まれたくない。
――だから、先手を取ることにした。