21.大臣の野望 ※第三者視点
失敗してしまった……。
ライオロック王国、内務大臣のデミオ・ポルック侯爵は、王城の廊下を歩きながら舌打ちをした。
カストラル公爵令嬢が毒を入れた食事は、何故かベラトリクス侯爵令嬢が食べたらしいが、何も起きなかったらしい。
恐らくほんの少量しか入れなかったのだろう。全部入れろと言ったのに、あの小娘が……!
城での食事は食べる直前に必ず毒味が入るから、料理を盛った直後に毒味をする学園での食事が絶好の機会だったのに……くそっ!
もうあの娘は使えないな。二回同じ手を使ったら、流石に怪しまれるだろう。別の者を探さないと……。
それにしてもあの娘、どうやって堅物の宰相に取り入って養子になれたんだ?
この国の宰相、グリーダ・カストラル公爵は結婚をしておらず、年齢が四十を過ぎたこともあり、周囲から跡継ぎの心配をされていた。
養子を取るなら男子だと誰もが思っていたのに、まさか女子とは……。まぁ、誰が見ても愛らしい容姿だが。
しかし、最近のあの娘の動向を見て、納得した。
あの娘は明らかに第一王子を狙っている。個人的に狙っているのもあるかもしれないが、大方宰相に第一王子を落とせと言われたのだろう。
そしてあの娘を王妃にして、政権の半分を握ろうという魂胆か。
そうはさせるか。第一王子を亡き者にして、第二王子のロキオンを王という名の『傀儡』にし、ワシが政権を全て手中に入れてやる。
この王国はワシのものだ……!!
ふとポルック侯爵が前を見ると、第一王子とカストラル公爵令嬢が触れ合う位の距離で並んで歩いている姿が目に入ってきた。少し離れて王子の護衛が後を付いていく。
以前、あの娘は義父である宰相に会いに王城に来ていたが、今は第一王子に会いに来ることが目的になっているようだ。
あの娘は積極的に第一王子に話し掛けている。それに対する王子の反応は素っ気ないが、突き放すことはしない。あの娘は容姿が整っているから、それなりに気に入ってるんだろう。最近は自分の婚約者を放っておいてずっと一緒にいるようだし。
あの娘は王子に気に入られようと必死だし、まさに滑稽な二人だな。
すると、二人が廊下の隅に行き、死角に入った。気になって気付かれないように少しだけ顔を覗かせると、何と二人が抱き合っているのが目に入ってきた。
……これは……もうそんな関係になっているのか? 王子の婚約者であるベラトリクス侯爵令嬢がこれを見てしまったら激怒するんじゃないか……?
「……悔しい……。どうして……? 何でなの――」
ふと声がし、それが聞こえた後ろに目を向けると、今まさに頭の中で考えていたセイフィーラ・ベラトリクス侯爵令嬢が、抱き合う二人を涙目できつく睨みつけていた。
学園が終わった後、『王妃教育』を受けに来たんだろう。
「きっともう……あの人はリルカ様に夢中で、私なんて眼中に入らないのね……。私を愛さないあの人なんていらないわ……。あの人なんて消えてしまえばいいのよ」
憎々しげに呟かれた言葉を己の耳が拾い、ポルック侯爵は口を大きく半円に持ち上げた。
「こんにちは、ベラトリクス侯爵令嬢」
ポルック侯爵が話し掛けると、セイフィーラはハッと気付いたように彼を見上げた。
「あ……ポルック侯爵閣下にご挨拶申し上げます。申し訳ございません、お見苦しいところを……」
「いえ、いいのですよ。全く、殿下には困ったものですね。こんなに愛らしい婚約者の貴女がいるのに、他の令嬢に夢中で……」
「ふふっ、ありがとうございます。えぇ……本当に。私に見せびらかすように堂々と一緒に歩いて、そして人目憚らずに廊下であんな……。これからもこんなに悔しく惨めな思いをするのなら、あの人なんていなくなってしまえばいいんだわ」
そう独り言のように呟く、セイフィーラの二人を睨みつける瞳に宿る憎悪は“本物”だ。
ポルック侯爵は心の中で拳をグッと握りしめた。
――決まった。次はこの娘を使うか。
「……本当に、殿下がいなくなって欲しいのですか?」
「えぇ、ここまで聞かれてしまったのなら、もうポルック侯爵閣下には正直に申し上げますわ。私は、あの人を殺したいくらいに憎んでおります。私の心を、こんなにも深くズタズタに傷付けたあの人を許せない――」
「……心中お察し致しますぞ。実は……王子を亡き者にする良いモノがあるのです。興味がおありでしたら、ワシの部屋まで来てくれますか?」
「……! そうなのですか!? 勿論参りますわ」
セイフィーラはパッと笑みを浮かべると、含み笑いをするポルック侯爵と一緒に彼の部屋に向かった。
部屋に入ると、ポルック侯爵はベッドの下から小物入れを取り出し、暗証番号を入れ鍵を開ける。
そして、親指ほどの小瓶を取り出し、扉の前に立つセイフィーラに差し出した。
「……この小瓶は……?」
「これは少量ながらもかなりの猛毒です。口に入れると恐ろしいほどの苦しみが全身を襲い、嘔吐し吐血し身体中が千切れるくらいの痛みも伴い、やがて死に至ります」
「それは……とても恐ろしい猛毒ですね……。これはどこから……?」
「とある闇ルートで購入したのですよ。ワシも第一王子を亡き者にしたいのでね。以前もカストラル公爵令嬢を使って毒殺を試みたのですがね、失敗してしまったのですよ。あの娘は本当に役に立たない……。けれど貴女ならいけるでしょう? 王子の『婚約者』の貴女なら、隙を見て食事にこれを混ぜることくらい簡単だ」
ニィ、と悍ましい笑みを浮かべ、ポルック侯爵はセイフィーラに小瓶を手渡した。
「…………」
彼女は手のひらにある小瓶をジッと見つめると、徐ろに顔を上げ、ポルック侯爵にニコリと綺麗な微笑を見せた。
「決定的証拠と自白をありがとうございます、ポルック侯爵。こんなに簡単に上手くいくとは思いませんでしたわ。御頭が本当に足りないですのね」
「…………は?」
その時、バン!! と豪快に扉が開かれ、騎士数人が一斉に部屋に飛び込んできた。
「デミオ・ポルック侯爵!! 第一王子毒殺未遂と教唆の現行犯、そして闇ルート使用の疑いで捕縛するッ!!」
「なぁっ!?」
そして、あっという間にポルック侯爵は縛られ身動きが取れなくなってしまった。
「くっ……くそ――クソクソッ!! 謀ったなこの小娘がぁッ!! たかが王子の『婚約者』である貴様が、何故王国の騎士を動かせるっ!?」
「――あぁ、それはオレが動かしたんですよ」
男の声がし、部屋の入口からひょい、と顔を覗かせたのは、第一王子の護衛であるウルスン・ハーダルだった。
「オレは万が一の時の為に、『王子代理の権限』を持ってますからね。それを行使して騎士達に事情を説明し、アンタとこの子が部屋に入った直後、すぐ前に待機させてたんですよ。勿論、アンタの会話も全員バッチリ聞いてますよ。言い逃れは出来ませんね」
ウルスンがセイフィーラの頭を撫でながら、ポルック侯爵にニヤリと不敵な笑みを向けた。
「アンタの“野望”もここまでってことです。後は牢屋の中で悔しがるなり泣き叫ぶなり、お好きにどうぞ」
「…………畜生おぉぉーーーッッ!!!」
ポルック侯爵の無念の叫びが部屋にこだまする。
彼の“野望”がガラガラと瓦礫となって崩れ去った瞬間だった――




