『私が勝ったら結婚して』と言って来た幼馴染が弱すぎるので一矢報われたい
「おおきくなったらとーまくんとけっこんする!」
「やだ。もっときれいな人がいい」
「うわああああん!」
「うわ、泣くなって」
「ひっぐ……ひっぐ……じゃあ、テストでとーまくんに勝ったらけっこんして」
「えー……かんなとかぁ……勝ったらかんがえるよ」
「ほんと!?がんばる!」
これは小学校低学年の頃のやりとりだ。
俺の家と栞奈の家は隣同士であり、家族ぐるみで付き合いがある。
いわゆる幼馴染、というやつだ。
栞奈と俺は赤ん坊の頃からいつも一緒で、何処に行くにも栞奈は俺の後ろをペタペタとくっついて歩いていた。
俺は栞奈に対して特に思うことは無いどころか、保育園の頃に保母さんがとても綺麗な人だったため大人の女性に憧れていた。
ゆえに栞奈から結婚してと言われた時も気が進まなかった。
栞奈が泣き出して面倒臭いと思ったところ、栞奈がテストの点数で勝負を仕掛けてきたので、これ幸いと承諾してその場を濁した。
当時は俺の方が圧倒的に頭が良く、栞奈に負けるなど考えられなかったからだ。
事実、栞奈は俺には全く歯が立たなかった。
「斗真、あんた最近栞奈ちゃんと遊んでる?」
「ううん、だって他に友達いるもん」
学年が進むと俺は男女の違いを意識するようになり、クラスメイトに囃し立てられるのが嫌で栞奈とは距離を置いていた。
運が良いのか悪いのか栞奈とは別クラスが続いており学校で接する機会はほとんど無かった。
結婚する、などと言って懐かれていたが強引に近づいて来ないのは俺にとって都合が良く、平和な小学校生活を満喫していた。
だが栞奈のことを忘れたことは決してない。
何故ならば、俺は毎日のように栞奈と会っていたからだ。
「いってきまーす!」
学校へ向かうべく元気良く家を出る。
「斗真君、おはよう」
「お、おはよう」
俺が学校へ行く時間は毎日バラバラなのに、何故か栞奈は必ず俺が家を出るのと同じタイミングで出て来る。
「おはようのぎゅー!」
「今日もかよ……」
そして栞奈は俺を見つけると笑顔で駆け寄って来て、ぎゅっと抱き締めてくるのだ。
「それじゃあ先に行くね!」
栞奈は十秒ほど俺の胸に顔を埋めると、満面の笑みを浮かべて小走りで先に学校へ向かってしまう。
気恥ずかしかったが断って泣かれたり学校で絡まれたりすると嫌なので素直にされるがままになっていた。
と言いつつも、もしかしたら単に嫌では無かっただけなのかもしれない。
その『嫌では無かった』が『喜び』に変わったのはいつからだっただろうか。
中学生になる頃には、栞奈は絶世の美少女に成長しており、毎日変わらぬ『朝ぎゅ』は俺にとって至福の時間となっていた。
「あいつまだ俺の事……チャンスあるよな?」
栞奈を異性として強く意識し始めた俺は、栞奈と付き合いたいと思うようになった。
どうやって栞奈との関係を進ませようかと悩んでいたら、中学最初の中間テストが終わったある日、栞奈が俺を体育館裏へと呼び出した。
「(これってアレだよな!よっしゃ!)」
体育館裏への呼び出しと言えば告白だろう。
栞奈と付き合えると思い有頂天でその場に向かった俺に、栞奈は思いもよらぬ言葉を投げてきた。
「とーまくん、中間テストの結果何点だった!?」
「は?」
栞奈は何故かテストの点数を聞いて来た。
「(え、どういうこと、わざわざ体育館裏で聞くこと?)」
てっきり告白話だと思い期待していたのでがっかりだ。
でも栞奈のドキドキソワソワしている可愛らしい表情を見られたのはちょっと嬉しい。
「教えて!教えて!」
栞奈はやや子供っぽい感じで両手を上下に振りながら俺に答えを促す。
う~ん、かわいい。
じゃなくて、何で聞かれているのか分からないけれど教えるか。
「平均90点くらいかな」
「え゛」
お、栞奈の表情がこわばった。
そこまで高いとは思ってなかったのかな。
「そ、そそ、そうなんだ……ふ~ん」
一体栞奈は何を焦っているのか。
俺のテストの点数が高いと何か問題が……
ん?テストの点数。
何かが俺の記憶にひっかかる。
そういえば昔、栞奈とテストについて何か話をしたことがあるような。
そして俺は冒頭の小学生の頃の会話を奇跡的に思い出した。
あの時以降、栞奈はこの話題を一切出さなかったので俺は忘れかけていたのだ。
「もしかして栞奈、俺にテストで勝って、け、からはじまるあの話をしようと思ったのか?」
「うううう~」
真っ赤になって俯いてしまった。
図星だったか。
うわー、俺ちゃんと勉強しといて良かった。
栞奈と付き合いたいけれど、婚約となると話は別だ。
この年で結婚相手が決まるのは流石に重すぎるもんな。
幼少期の約束とは意味が全く異なるのだ。
もっと気軽に付き合いたい。
だが俺と結婚したいという事は、栞奈は俺の事を好きだという事。
それならまずは付き合おうと言えば喜んでくれるはず。
恥ずかしいけれど、体育館裏に二人きりの今は俺から告白する絶好のチャンスだ。
行け!
「まずはさ、付き合おうぜ」
良く言った、俺!
うわー、自分でも顔が真っ赤なのが分かる。
栞奈の顔を見てられない。
「それはダメだよ!」
「え?」
浮かれていたテンションが一気に醒めた。
この流れで断られるなんてあり得る!?
血の気が引いて顔が真っ青になっている気がする。
「だってまだ私のお願いが終わって無いもん」
「ん?」
どういうことだ?
「順番は守らなきゃ、だよ」
「……まさか、栞奈が勝って昔のお願いが終わらなきゃ、俺のお願いは聞けないってことか?」
「もちろん!」
「なんじゃそりゃああああ!」
それってつまり、付き合うとか無しに結婚するかしないかの究極の二択じゃねーか。
なんだよその縛りは!
「流石にそれは無茶苦茶だろ。いいじゃん、栞奈のお願いはそれはそれで続けるとして、付き合おうぜ」
「順番抜かしは悪い事、だよ」
ダメだ、取り付く島もない。
栞奈の中では俺からの告白はお願い事の一つであって、しかもお願い事は叶え終わるまでは次のお願い事をしてはいけないっていうマイルールがあるっぽい。
その後も頑張って説得したが、栞奈は折れてはくれなかった。
こいつこんなに頑固キャラだったのか……
仕方ない、諦めるか。
いや、諦められるのか?
俺を好きでいてくれるとんでもない程の美少女が目の前にいるのに?
でも負けて婚約は重すぎる。
どうしたら…………あ、そうだ!
俺確か、『考える』って約束したよな。
だったら別に婚約するかどうか、すぐに決めなくても良いんだ。
ズルい気もするが、これで誤魔化そう。
となると、是非とも栞奈に勝ってもらって前のお願いを終わらせて、俺からの付き合って下さいのお願いを聞いてもらわないとな。
「栞奈はテスト何点だったのか?」
気になるのは栞奈の実力だ。
俺に勝負を挑むくらいだから、それなりに良いとは思うが。
「え……あの……ええと……内緒!」
「なんだよ。教えてくれても良いだろ」
めっちゃ焦ってる。かわいい。
俺の方が高かったから言いにくいってのは分かるけどさ。
それが分からないと、次のテストで俺がどのくらい手抜きすれば良いか分からないじゃないか。
「うううう」
「ん?まさかソレか?」
「ダ、ダメっ!」
栞奈のポケットには不自然に丸まった用紙が刺さっていて、そちらをチラチラと見ている。
それが栞奈のテストの回答用紙だと気付いた俺は、素早く近寄りそれを抜き取った。
「お、おい!なんだこりゃ!」
「うわああああああん、見られたああああああああ!」
見られたああああああああ!じゃねーよ!
これはあり得ないだろ!
「なんでこんな低い点数で俺に勝てると思ったんだよ!」
「だってとーまくん、そんなに頭良くないと思ってたんだもん」
「おいコラ、喧嘩売ってるのか?」
「うわああああああああん、ごめんなさああああああああい!」
こいつのテストの点数は、40点を越えるものが無かった。
もちろん平均を大きく下回る。
俺、こいつに負けなきゃならないのか!?
栞奈と付き合うための、最高難易度のミッションが発生した。
「今日から俺がお前の家庭教師だ」
「よろしくお願いします!」
栞奈に体育館裏に呼び出された日から、俺は栞奈につきっきりで勉強を教えることになった。
すぐに分かったのは、栞奈が授業内容をあまりにも理解出来ていなかった事。
暗記系の科目に至っては、授業で習ったことをほとんど覚えていない始末。
「ノートはちゃんととってるのに何で……」
更に困ったのは、栞奈は真面目に授業を受けていたという事だ。
俺が教えている時も、真剣に勉強をしている。
それなのに、成績があまりにも悪いのだ。
「か、栞奈と二人きり……少しくらい」
「とーまくん、ここってどういう意味?」
図書室で二人きりなのを良いことに、少しだけ栞奈に触れようかと体を寄せようとしてもスルーされる。
「栞奈、そろそろ休憩しないか?」
「ううん、もう少し頑張る!」
休日に栞奈の家にお邪魔しても、色気のある展開には全くならずに本当に勉強だけに集中する。
栞奈は常に真面目に必死に勉強した。
それだけ俺の事を好きなのかと思うと、俺は嬉しくもあったが、そんな気持ちは無残にも打ち砕かれる。
「なんでこれだけ勉強して成果が出ないんだよー!」
「うわああああああん、ごめんなさああああああああい!」
次の期末テスト、なんと栞奈の成績は中間テストの時よりも僅かに下がったのだった。
夏休みを迎えても、毎日のように栞奈の勉強を見る日々が続く。
だが、栞奈の成績はいつまで経っても良くなることは無い。
途中で諦めて遊びに行こうと誘っても、頑固な栞奈は首を縦に振ろうとしない。
仕方なく俺は、策を弄することにした。
「頭が良い人と沢山話をすれば、頭が良くなるらしいぞ」
「ほんと!?じゃあお話しする!」
「頭が良くなるには適度な休憩が必要なんだぜ。だから次の土曜に映画見に行こうぜ」
「ほんと!?それなら行く!」
「頭が良い人と手を繋げば、頭が良くなるらしいぞ」
「ほんと!?じゃあ繋ぐ!」
栞奈はポンコツだった。
頭が良くなるから、と言えば何でも鵜呑みにしてくれたのだ。
俺は栞奈を言いくるめて、少しずつ恋人らしい行為を求めることにした。
どのお願いも、付き合えばわざわざお願いする必要が無いものだ。
しかしこうでもしないと栞奈は勉強しかしないのだ。
俺はもう栞奈に負けるのは諦めた。
栞奈の成績が良くなる未来が視えなかったり、実質付き合っているようなものだということもある。
それに、栞奈に勉強を教えることで俺の成績はどんどん上がり、差は広がる一方だ。
だが、それらよりも何よりも栞奈のテスト後の態度があまりにも可愛すぎて何度も何度も見たかったのだ。
「まだ勉強見てくれる?」
テストの結果が振るわなかった後、見捨てずに勉強を見続けて貰えるか気まずげに聞いて来る姿。
「やった!」
俺が勉強を見続けると答えると天使のような笑顔を浮かべて飛び跳ねるように無邪気に喜ぶ姿。
「ダメ……かな?」
不安げに俺の返答を待つ姿。
最上級の美少女のこんな姿を見られるのは至福であったのだ。
「ぎゅー!」
尤も、色々と成長した栞奈の『朝ぎゅ』だけは悶々とするので嬉しくもあり苦しくもあり辛かったのだが。
俺達はこの歪な関係のまま、同じ高校へ進学した。
栞奈が何故俺と同じ高校に進学できたのかは謎である。
高校生になると俺はもう少し踏み込んで関係を進めようとした。
「頭が良い人と触れ合えば頭が良くなるらしいから、朝は俺からも……」
「う、うん、えへへ」
「頭が良い人と同じものを食べれば、頭が良くなるらしいから一緒に同じ弁当食べたいよな」
「じゃあ私が作るよ!」
「頭が良い人ともっと触れ合えば……いや、なんでもない」
「ちゅっ、えへへ」
最後のは手の甲にだぞ。
まぁ、俺も額にお返ししてやったが。
そのまま押し倒して滅茶苦茶にしたくなった。
そして大きな問題、いや、役得があった。
高校生になって俺達はようやく同じクラスになったのだ。
「これでもっとたくさん勉強見て貰えるね!」
これまではクラスが違っていたから、栞奈と触れ合えるのは放課後が主だった。
だが、これからはいつでも一緒に居られる。
俺は栞奈との風変わりな恋人関係を全力で楽しんでいた。
しかし、段々と栞奈の様子がおかしくなってきた。
俺以外にも勉強を教わるようになってきたのだ。
このまま俺に勉強を教わっても効果が無いと思われたのか。
勉強を教える体で恋人関係を楽しんでいるだけだと思われたのか。
それとも他に気になる人が……!?
不安になった俺は栞奈に率直に聞いてみた。
返って来た答えはシンプルなモノだった。
「だって、このままじゃとーま君と結婚出来ないから!」
俺は改めて栞奈の俺への想いを突き付けられることになった。
栞奈は子供の頃から今に至るまで、俺との結婚を夢見て努力してきたのだ。
俺は中学の頃は結婚など考えたくもなかったが、高校も半ばを過ぎた今、その未来を夢見るのも悪くないと思うようになっていた。
いや、違うな。
俺も栞奈の夢を一緒に追いたいんだ。
このポンコツでお馬鹿で、それでいて一生懸命で俺に勉強を教わるだけで幸せそうな女の子を、これからもずっと幸せにし続けたいと強く思う。
だから俺は動き出した。
これまでは俺だけが栞奈に勉強を教えていた。
もちろんそれは栞奈を独占したいという欲によるものだ。
だがもう俺だけでは足りないことは分かっている。
だからその欲は少しだけ我慢しよう。
栞奈が俺に勝ち、俺が『考え』、そしてその『結果を伝える』という未来に向けて、出来ることは何でもやろう。
俺は考えられるあらゆる人脈を駆使し、多くの人の力を借りて栞奈の成績を上げるための努力をした。
そしてついに、高校三年生の最後のテストでなんとか栞奈は俺に一矢報いることに成功した。
「とーまくん、私……私!」
「栞奈。頑張ったな」
「うんっ……うんっ!」
歓びで涙を流す栞奈が心から愛おしい。
手加減したんじゃないのかって?
そんなの決まってるじゃないか。
俺も本気で向かったからこそ、栞奈が成し遂げ、手に入れた未来が輝いているんだ。
『私が勝ったら結婚して』シリーズの他の作品もよろしくお願いします。
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