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9話 サラミス

「今日は違った仕事をしてもらう」


 ヴァルダーの部屋に来て開口一番そう言われた。


「はい。何をしましょう」


 私はいつも同じ事務作業にも流石に飽きて来ていた。

 他の騎士の観察も続けているので大体の癖は分かってきていた。

 それでも、確実にやれるという保証がないのでまだ実行に移してはいない。


 今はまだ信頼させる時、そう自分に言い聞かせて真面目に働く。

 一人で寝ている時も監視の目はある様なので、不用意に動くこともできない。


「今日は物資の搬入がある。その確認作業をパステルに教えて貰え」

「パステル様ですか?」


 一応聞き返す。

 今まで何度も呼ばれていたのは知っているけれど、挨拶されたことはない。

 まぁ、奴隷なので仕方ないけれど。


「ああ、いつも俺の側にいる騎士だ。パステル」

「はい」


 そうして来たのは緑髪の軽薄そうな騎士だ。

 私が何もしないからか警戒は少し緩まった様に思える。


「俺がパステルだ。よろしくな」

「……はい。今回はよろしくお願い致します」

「ついて来て」

「はい」


 さっさと歩き出すパステルに私は付き従っていく。


 彼はそのまま部屋を出て、廊下を歩き出す。

 歩き出して直ぐに彼が軽い口調で聞いてくる。


「ここには慣れた?」

「え? ああ、はい。ヴァルター様や他の方々には良くして貰っているので、本当に感謝しかありません」

「そう。困った事とかもない?」

「ありません」

「良かった。でも仕事をあんなにやってて凄いよね。オレは直ぐに眠たくなっちゃうからさ」

「私は学園にいた時に生徒会で仕事としてやっていましたので」

「へぇ。今の生徒会長って誰?」

「……レティシア様です」

「へぇ……あのクラッツィオ公爵の?」

「……はい」


 私はなんとか顔に出ないようにして話す。


 パステル様の背中からは何か分からないけれど、こちらを探っているようにも聞えた。


「すごいね。それじゃあ君はあの公爵の派閥の一人だったの?」

「……いえ。そうでは無いと思います」


 私は確かに生徒会には所属していたけれど、あの派閥でやっていたこと等雑用ややらなければならないこと全てだったように思う。

 だから舞踏会等も彼女達とは距離を置いていたし、彼女たちも私を側に置くような事は決して無かった。


「ならどうして生徒会にいたの?」


 不思議そうに聞いてくる彼に私は正直に答える。


「私があのフレイアリーズ家だということはご存じですよね?」

「ああ、知っている」


 その名前を出すと彼の気配が少し固くなったように思う。

 でも、正直に話すにはこの名前を出さずには通れない。


「私もその為の教育を受けました。しかし、人を殺す事が出来なかったのです」

「殺す事が?」

「はい。どんな悪人だろうが、どんな死にかけの人間だろうが、私が自分の手で致命傷を与えることが出来なかったのです」

「暗殺者の家系なのに?」

「ええ……。その家系なのに……です」

「それは……」


 彼が何かいい(よど)んでいるのが分かる。

 それはそうだろう。

 殺せない暗殺者等存在する価値はない。


「しかし、家族はとても優しかったのです。そんな私でも生きていていいと、裏の仕事を私達がやるから……と。だから、私は表で頑張ってくれ。そう言われたのです。私は学園に入り、出来ることは何でもやりました。人の役に立つための事を。生徒会に入ったのもその一環です。そうやって少しずつでも人の為になることをしていれば、フレイアリーズ家の名前を少しでも良い物になると思いました」

「……」

「ご納得頂けましたか?」

「ああ、その……。語らせて悪かったね」

「いえ、お気になさらず。もうすでに関係にないことですので」


 私の家は、フレイアリーズ家はもうない。

 とり潰されたのだ。

 もう隠すこと等ない。


「いや、聞き出そうとする気は無かったが申し訳ない。何か欲しい物はあるか? あるのなら次の搬入までに手配をさせる」

「欲しい物ですか……」


 私は考えた。ここを正直に言うべきか、それとも、当たり触りのないものを言っておくべきかと。

 これは本当に彼が私に謝罪の気持ちを込めていると言うよりも、試している可能性の方が高いと考えたためだ。


でなければ、こんな都合よく欲しい物が手に入る訳がない。


 しばらく考えた後に、聞いてみる。


「少し考えてもよろしいですか? 今すぐには思い当たりません」

「ああ、俺に言ってくれれば手配しておく」


 そう言ってくれたので少し気になったことも聞く。


「この話しはヴァルター様の前でしてもよろしいのですか?」

「……それはやめてくれ。後で俺の部屋を教えるから、そこに来てくれ。若しくは手紙を入れて置いてくれればそれでいい」

「畏まりました」


 そう話していると、私達は外に出た。


 場所は屋敷の正面。

 そこに多くの木箱が置かれていて、門の外では今なお何人かの人が荷物を運び入れていた。

 人によっては木箱を3つも同時に持っていて、驚いてしまった。


「凄い」

「専門の業者だからね。信頼性もある」


 彼らの仕事を見ていると、一人の男性が近付いて来る。

 彼は先ほど木箱を3つも持っていた人だ。


「パステル様。お疲れ様です」

「ああ、サラミスも元気か?」

「はい。今日もばっちりですよ」


 そう(さわ)やかに笑う彼はサラミスと言うらしい。


 彼は黒髪を乱暴に切りそろえていて、ちょっと荒々しい雰囲気がするけれど、話し方等は柔らかい。

 体は鍛えられているのか中々に(たくま)しく、キラリと光る汗が反射していた。

 カーキ色の作業着を緩く着こなしている。


「そちらは……奴隷の方?」


 サラミスは私を見て首を傾げている。


「ええ、色々と事情がありまして」

「珍しいですね。この屋敷では初めて見ました」

「今回が初めてですよ」

「それはまた……理由を聞くのはやめておきましょうか」

「それがよろしいかと存じます」


 パステルさんがニコリと笑った。


 2人はサラリと話しているけれど、サラミスさんはパステルさんをちょっと怖がったりしているかもしれない。

 一瞬出したパステルさんの圧力に引いていた。


「紹介を受けた方がいいのですか?」

「そうですね。一応。これからお仕事をすることになりますので。こちらはカスミです」

「よろしくお願いいたします」


 私は頭を深く下げる。


「礼儀正しい奴隷だな。普通だったらこんなのはいないと思うが」

「それもお聞きしない方がいいと思われます」

「……その様ですね」


 そうして話は終わりかと思っていたら、パステルが驚くことを話してくる。


「オレは一度確認しなければならない事があるので、サラミス、彼女に搬入確認のやり方を教えて上げてくれ」

「おれがですか?」

「そうだ。君なら真面目だし、女性の扱いも上手いだろう?」

「パステルさん程ではありませんけど……」


 2人はそう話していたけれど、私は入っていかずに大人しく話を聞き続ける。


「そうかもしれないけれど、ちょっと頼んだよ」


 パステルさんはそれだけ残すとどこかに歩いていく。


 私とサラミスさんは立ち尽くすしかなかった。


「それじゃあ……仕事を教えようか」

「……よろしくお願いします」


 とりあえずは仕事を覚えるべきか。

 ということで、私は彼に全てを任せる。

 それと同時に私は周囲を警戒した。


「それじゃあやることは、ここに木のボードが置いてあるでしょう? それに紙が挟んであるから、その紙に書かれている通りの物が入っているか、それを確認して欲しい」

「畏まりました」

「これ……屋敷の人がする仕事だから俺は出来なんだよね。分からない事があったら聞いて。それか、終わったら……他に荷物の積み下ろしをやってるから話しかけて」

「承知いたしました」

「それじゃ」


 サラミスさんはそう言ってどこかに去っていく。

 と言っても、まだまだ荷物の積み下ろしはある様なので、そっちの手伝いに行ったのだろう。

 現に彼は戻った後に、上司か同僚に怒られている様だった。


 私は私で自分の仕事をしなければ。

 そういう訳で私は仕事を行なう。


 中身で分からないことは素直に年配のメイドに聞き、何とかこなしていく。


 一応武器になる様な物はないかと探しながらだったけれど、ないようだったので真面目に仕事を終わらせた。




「終わりました」


 一つ一つ確認しながらだったから。

 というのがあるけれど、それでも箱をずらすのが中々大変で、他の人よりも時間がかかっていた様に思う。


「ご苦労様。早いね」


 サラミスさんの所に行き、報告をするとそんな返事が返ってきた。


「そうでしょうか?」

「うん。それで、間違いはなかった?」

「はい。全部ありました」

「良かった。それじゃあそれをパステル様に渡してきて」

「はい」


 私は周囲を探し、パステル様を探すと直ぐにいた。


「パステル様」

「ああ、終わった?」

「はい。こちらに書いてある物は全てそろっていました」

「そう。ご苦労様。それじゃあ後は……」


 それから何種類かの箱の確認を行ない、搬入業務の確認は終わった。


「次はいかがいたしましょう?」

「もういいよ。ヴァルター様の部屋に戻ろうか」

「畏まりました」


 搬入はしなくていいのか。

 そう思ったけれど、パステルが何も言わないのであればそれでいい。

 奴隷は無駄なことに口出しをする必要はない。

 それに……私は監視されているのだから。


 私はやましい事等ない。

 とでも言うように何も意見せず、ヴァルターの部屋に戻った。


 それからは特に何も言われずにいつもの仕事をして、その日は終わりを向かえた。

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