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7話 殺気

 私は書類仕事を続けていた。


 時折、年配のメイドが飲み物を持ってきてくれる位で、誰かがしゃべることはない。


 私に任された物は大抵が簡単な物かつ、誰に見られても困らないような物。

 さりとて、誰かがやら無ければならない物だった。


 ヴァルターはずっと表情を変えることなく書類とにらめっこしているし、騎士の人は私が何かしでかさないか睨みをきかせていた。


(こんな分かりやすい所で何かする事なんてないのに)


 そう思いながらも私は自分に任された仕事を続ける。


「出来ました」

「もうか」

「簡単な物ですから」

「よくやってくれた。いい出来だ。次はこっちを頼む」

「……はい」


 私は3度目の新しい書類を受け取り、ソファに戻る。

 そして、再び書類仕事を始めた。


 ただ、ヴァルターはわざわざ終わるたびに労ってくれる。

 なので、少し調子が狂う。

 今まではこんな事がなかったからだ。


 生徒会に入っていた時程の量はないし、どこからか邪魔してくる人もいない。

 一人だとこんなにも集中して出来るのかと思うと今までがいかに酷かったかを思い知らされる。


(何で仕事をしている横でわざわざ悪口を言ってくるのかなぁ……)


 私に仕事を任せるのなら、そのままにしてどこかに行っていてくれれば良かったのに。今でもそう思う。


 でも……あいつは……。アキを……。


 思い返すと、私の心に闇が湧き上がってくる。

 アキは私とずっと一緒にいた。

 姉の様に大事に思っていたアキを殺したあの女は……。


「おい」

「!」

「やる気か?」


 パステルと呼ばれた騎士が剣の柄に手をかけ、私の方をじっと見つめている。

 もし私が何かしたら直ぐに首を切り落とす。

 そう言わんばかりの構えだった。


 彼は私から漏れ出た殺気に気付いていたのだ。


「……申し訳ありません」

「気をつけろ」

「はい……」


 私は謝り意識を仕事に戻す。

 いけない。感情に流されている。

 でも、それでも思い返すだけで悲しくなる。

 再び同じことをしないように書類仕事に専念する。


 他のことに意識を持って行かないように、仕事以外の事を考えないように集中して、集中して……。


 私は仕事のことだけを考えた。



「終わりました」


 それから5回目の書類の束を終わらせて持って行く。


 ヴァルターは表情を動かさずに受け取ると、それを今までと違った言葉を話す。


「ご苦労。今日は休んでいい」

「え? もうですか?」

「外は暗闇だが……」


 ヴァルダーは後ろを見たので、私も釣られて視線を動かす。

 すると、確かに窓の外は真っ暗になっていた。


「ほんとだ……」


 チリリン


「お呼びですか」


 再び年配のメイドが姿を表す。彼女も彼女で休んでいるのだろうか。


「カスミを部屋に連れていけ。食事と湯あみの用意も」

「畏まりました。こちらへ」

「はい」


 私はメイドについて行こうとするけれど、後ろのヴァルターが気になって足を止めて振り返る。


「あの、私ももう少しやって行きましょうか?」

「……気にするな。今日は休め」

「……ありがとうございます」

「……」


 私はそれだけ言うと、既に仕事に戻っているヴァルター達を背に部屋を出た。


******


 カスミが部屋を出てから数分後。

 ヴァルターの部屋の中では2人の話が始まっていた。


「どう思う?」

「一度殺気が漏れ出ていたこと以外は不審な点はない……かな」


 軽薄そうな騎士、パステルはそう彼の主に向かって言った。


「その時は俺を殺すつもりがあったかと思うか?」

「……正直なさそうだったな。何かを思い返して、その時の相手に思っている様に感じたが……」

「それならカスミの家族を殺した誰かに……か? いや、俺への方がありそうか」

「それは分からん。今までのヴァルター様を見る目も特に変わった様子が無かった。普通の人を見るような目だっただろう。まぁ、昨日の今日であんな事があった後なのに、仇であるはずのヴァルター様を普通の目で見れるっていうのが普通じゃないか」

「ああ、あれでも稼業を継げるようにある程度は鍛えられているはずだ。奴隷の首輪の効果もどうやってすり抜けられるかもしれない。俺の安全は任せたぞ」


 ヴァルターはそう無表情で言う。


 その様子を見て、パステルは真剣な顔で彼に助言をした。


「それならあいつを奴隷にして側に置くなんて言わないでくれ。拷問でも何でもさせればいいだろう?」

「それは出来ん。今までも俺を暗殺しようとしてくる奴らは捕まらなかった。今回はその手がかりになるかもしれないんだ」

「しかし、その大本であったはずのフレイアリーズ家は無くなっただろう? 暗殺も止んでいる」

「油断させるだけかもしれない。俺は……。もう失いたくないんだ」

「ヴァルター様……」

「危険なのは分かっているが奴が尻尾を出すのを待ちたい」

「しかし、本当に彼女が関係あるんでしょうか?」

「恐らく……。としか言い様がない」

「それもそうですが……」

「では、なぜ嘘をつくな。と命令を下さなかったのですか? 情報を抜き取るならその方が良かったのでは?」

「相手はあのフレイアリーズだぞ。その程度のことは事前に考慮している」

「……なるほど」

「だから時間をかけてカスミの事を知り、俺を暗殺しようとしている奴を絶対に見つけなければならないんだ」

「……畏まりました」


 パステルは知っている。

 ヴァルターに何があったのかを。

 そして、自分がその力になれないことも。

 故に、彼が出来るのは命の限り彼の命を守ること。

 その為に、彼は頭を下げるのだった。

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