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4話 フレイアリーズ

 私は一晩中涙を流し続けた。

 許して欲しい。

 どうか許して欲しい。

 私も直ぐにそちらに行くから。

 どうかそんな責めるような目で見つけないで。

 お願い。

 私は……私は……。


 キィ


 一晩中泣き続け、涙もとうに枯れてしまった。

 けれど、私の鍛えられた耳は小さな音も聞き逃さない。


 部屋の中に入って来たのはクラッツィオ公爵だった。

 彼は私の近くに来てささやく。


「さて、お嬢さん。これからどうなるか分かりますか?」

「殺して……」

「何と?」

「殺して」

「それは出来ません」

「どうして……。殺してくれれば楽になる。殺してくれれば皆の所にいける。殺してくれれば寂しくないの。お願い」

「ダメです。貴方は生かせ。そういうご命令です」

「どうして……私を生かしてどうするの? これだけやったんだもの。私の命なんて要らないじゃない。もう……もう……許してよ……」


 枯れたと思っていた涙が再び零れて来た。

 どうしてだろうか。

 どうしてこんなことになってしまったのか。

 どうして……どうしてなのか。


「いえ、言ったでしょう? ワシは貴方を助けたい……と」

「殺してくれればそれでいい。それでいいから……」

「いけません。貴方はこれから奴隷になるのです」

「奴隷……?」


 なぜ? 突拍子もない言葉が出てきて意味が分からない。

 でも、考える必要もないだろう。

 どうせ自由になったのなら自殺をする。

 手は幾らでもあるのだから。


「ええ、奴隷です。それも、ヴァルダー様の奴隷です」

「ヴァルダー様……」

「ええ、言ったでしょう? 私は貴方を助けたいと。私も貴方方フレイアリーズ家がヴァルダー様を殺そうとしたとは思っていません」

「!!!???」


 私は彼を穴が空くほど凝視する。

 目を限界まで見開き、瞬きなど一切しない。


「本当です。全てヴァルダー様の命令でやっただけ過ぎません。神へ誓ってもいい」

「じゃあ……。分かっていたなら……。どうして……どうして私の家族を屋敷の皆を……」


 私が公爵の方を向くと、彼は首を振った。


「ヴァルダー様の命令は絶対です。それは、ワシの様な公爵とて変わりません。一度ヴァルダー様がやれと命令されれば、ワシは唯々諾々(いいだくだく)と従うしかありません。そうしなければ家族が、ワシの一族が滅ぼされてしまう」

「そんな……」

「だから滅ぼすしかなかった。そうする事でしか。ヴァルダー様の命令を聞くことでしか。やる方法はありませんでした」


 彼は目を伏せ、口元を隠すように手で覆う。


「失礼しました。ですが、ワシはこのままではいけない。そう思い、お嬢さんを助けたのです」

「助けた……?」

「はい。これから貴方をヴァルダー様の奴隷としてお送りします。そして、貴方は奴隷の首輪をつけられる」


 奴隷の首輪。

 一つの命令しか聞かせられないが、その命令は絶対に守るようになるもの。

 ただし、言うことを全て聞け、というような事は効果がなく、禁止することを指定しか出来ない。


 例えば人を殺すな。等だ。


 公爵は話を続ける。


「しかし、その奴隷の首輪の効果が直ぐに消え去る事になるでしょう」

「何を……言って……」


 私が聞こうとする事も公爵は(さえぎ)るように話を続ける。


「貴方はフレイアリーズの一族。その一族の裏の仕事、何か知らない訳ではありませんね?」

「………………暗殺」

「そう。貴方の一族は使用人に至るまで王家の懐剣として多くの邪魔者を消し去ってきました。であればお嬢さんがしなければならない事はお分かりになるはず。それが出来なければ……」


 私は俯き、全てを諦める。


 公爵は何か言っているけれど、そんな事はどうでもいい。私はもう死にたい。復讐なんてした所で何になるのか。もう……私は生きているのが辛い。私を形作っていた人は皆死んだ。なら、私も彼らの後を追うべきだ。


「……」

「フレイアリーズ家から逃げ出した数名を追って殺すことになります」

「!!!」


 私は彼を凝視した。


 彼は優しさを含んだ顔を私に向けていた。


「本当です。ヴァルダー様の命令で行なっています。ワシも見当違いの場所を探すようにさせていますが、それも何時まで続けられるか。ですから……お分かりになりますね?」

「私に……ヴァルダー様を……殺せと……?」


 私が……ヴァルダー様を殺す……?

 暗殺者として出来損ないだった私が?

 ヴァルダー様……殺す?

 出来ない。

 出来るはずがない……。

 でも、それでも……。

 そうしなければせっかく生き残った屋敷の人が……。

 私が……私がやるしか……。

 私がやるしかない……。


 彼をヴァルダー様を殺すしか……。

 ヴァルターを……殺す。



「ワシからは何も言いません。ですが、お嬢さんが聡明(そうめい)であることを嬉しく思いますよ」


 そう言って彼はそっと部屋から出ていく。


「この後騎士がきます。その者の任せる物を着て、直ぐに行く準備をして下さい。いいですね?」

「分かりました……」


 それから入れ替わるように女性の騎士が数人入ってくる。


 私は彼女達の為すがままに、着せ替え人形になった。

 といっても、美しかった綺麗なドレスは汚れ、破れ、もう見る影もない。

 その代わりに着るのは奴隷が着る質の悪い服。

 ザラザラとした感触が肌を撫でるがどうでもいい。


 考え続ける。

 どうやって殺すか。

 どうやったら確実にヴァルダー様……。

 いや、ヴァルダーを殺すのか。

 そのことだけを考え続ける。


「暴れるなよ。これから連行する。手を出せ」

「……」


 私は何も言わずに手を前に指す出す。


 女騎士は私の手に枷をハメると、そのまま歩き出した。

 私は彼女に大人しくついていき外に出て、私は昨日乗った馬車にもう一度乗る。


「中で大人しくしておけ」


 私と一緒に乗ってきた女騎士がそう言ってくる。


 元よりそのつもりだ。私の目的はヴァルダーを殺す事。

 そうすれば、せめて逃げ出した屋敷の者は助かるのだから。


 馬車が動いている間、ずっと頭の中でどのように殺すか。

 そのためのイメージトレーニングを何度も繰り返す。

 そして、失敗する。


 私は暗殺者として失敗作。

 人を殺す事が出来ないから。

 今まで動けない処刑しても問題ない者達でさえ殺すことが出来なかった。

 ずっと……ずっと出来なかった。


 多くの女を強姦して殺して来た殺人鬼でも、子供だけ狙っておもちゃのようにして遊んでから殺していた奴ですら。

 私は殺す事が出来なかった。


 ナイフを持って敵に向かい合うことは出来る。

 でも、致命傷(ちめいしょう)になる程の傷を与えようとすると、思わず手が止まってしまう。

 どうしても手が動かず、震え出し、ナイフを持てなくなる。


 何度もやろうとした。

 何度も殺そうとした。

 それが家の役目だから、国を護るためにはきれいごとだけではやっていけない。

 その国を護る為に汚いことをしてきたのが私の家系。

 フレイアリーズだから。


 でも、私は出来なかった。

 それなのに父も兄も怒らなかった。


『人を殺せないのは普通の事だ。それは出来る者に任せておけばいい。カスミ。お前は優しい。だから、その優しさで人を救って上げなさい』


 父は家で暴力を振るった事は一度もない。

 力が強く、暗殺を躊躇(ためら)いもなくこなせる人だったけれど、それでもターゲットの命以外は一切奪わなかった。


 兄も『裏の仕事は俺がやるから。カスミは表で出来る事をして俺を助けてくれ』。そう言ってくれた。


 だから私は事務仕事を出来る生徒会に入った。

 仕事を押し付けられても、少しでもやって、他の人の役に立って、フレイアリーズ家の為になればと思ってやってきた……。

 だけど……。

 もう……その家は……。


「っふ……くっ……」

「おい。どうした」

「いえ……」


 私は頭を思い切り振り。

 頭から家族の事を消し飛ばす。


 今はヴァルダーを暗殺する。

 その事だけを考えなければならない。

 昔、彼と一緒に会ったことを何度も思い出す。

 あの時の(くせ)仕草(しぐさ)

 ターゲットの情報を何でもいいから思いだす。


 どんなことでもいい。

 どんな小さなことでも、何が役に立つか分からないから。


 彼とあったのはロンメル殿下と一緒の時だ。

 その時に、ヴァルダーも婚約者を連れてあったはず……。

 どんな人だったか。

 思いだそうとすると、馬車が止まった。

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