2話 アキ
彼が何を言っているのか全く分からない。
私がそんな顔を浮かべていると、彼がやれやれ、と言ったようにもう一度言ってくる。
「聞えなかったかい? この僕ロンメル・ラ・ワルド・レングバルドと君、カスミ・フレイアリーズの婚約をこの場で解消する。分かったね?」
「ど、どうして……ですか? 国王陛下と私の父が決めた事だと思うのですが……」
婚約破棄。
そんな簡単に出来るものではない。
一度取りつけたのなら正当な理由無くしてしてしまえば、それは相手への侮辱になる。
幾ら王家とはいえ、そんな簡単に出来るはずがない。
「無論。父上も同意の上だよ」
「え?」
「君には失望したよ」
「な、何がでしょうか?」
今までしっかりとやってきた。
生徒会員としても、彼の婚約者としてもしっかりと務め果たしてきたつもりだ。
「簡単だよ。出て来い!」
「!?」
ロンメル殿下がそう叫ぶと、周囲から騎士達が大勢出てくる。
「きゃあああああああ!!!???」
「何事だ!!!???」
荘厳だった音楽は止み、鋭い悲鳴が響き渡る。
私が何が何だか分からずにいると、騎士達が私を取り囲んだ。
「これは……どういう事でしょうか」
「カスミ。貴様らに僕の兄上、第1王子への暗殺疑惑がかけられている」
「!? そんな! 知りません! 私はそんなこと企んでいません!」
第1王子。
ロンメル殿下の兄で、王位継承権第1位の人だ。
そんな人を暗殺しようとしたら確かにこんな自体になるけれど、私はそんなことを絶対にしていない。
そもそも、第1王子とはここ数年会っていない。
昔は何度かロンメルと一緒に第1王子とその婚約者と会っていたけれど……。
いつからかぱったりと会わなくなった。
「それは官吏に言え。拘束しろ!」
「そんな!?」
騎士たちがゆっくりを私に向かって迫ってくる。
でも、ちゃんと言えば信じてくれるはず。
父や国王陛下もきっと分かってくれる。
ロンメル殿下も今は兄が殺されかけて動揺しているからに違いない。
私はなんとか冷静にそう思い直して、大人しく枷をハメられた。
「痛い……」
後ろ手に重たい枷をハメられて、背筋が反り返る体勢にさせられる。
その様子を、ロンメル殿下とレティシアは笑いながら見ていた。
「はは、全く、最低の奴がいい気味だ」
「全くですわ。たかが子爵風情がロンメル様と婚約だなんておかしいと思わなかったんですの?」
「それは父達が決めたことで……あう!」
私は騎士に蹴りを入れられて思わず床の上に転がってしまった。
「フン。無様な物だな。フレイアリーズの娘ともあろう者が」
「全くですわ。所詮落ちこぼれですから」
「! そんなことありません! 私は……私は!」
「いいから連れていけ。目障りだ」
「そうよ。サッサと連れて行きなさいよ。全く。これを使われたくないでしょう?」
「!?」
レティシアはどこから出したのか真っ赤な鮮血のついた短剣を近くの騎士に放り投げる。
騎士はそれを受け取り、刃の鮮血を丁寧に真っ白な布で拭き取った。
「ど、どうしてそんなものを……」
「ふふ、どうしてでしょうね?」
レティシアは嫌らしい笑みを浮かべているけれど、それ以上は何も言わない。
そうしている間に、私は騎士に引っ張られる様に連れていかれた。
後ろからはレティシア達がついてくるのが気配で分かった。
舞踏会にいる多くの貴達に見られ引きずられる様に歩いていく。
違うと言いたかったけれど、口を開こうとすると騎士が蹴りを入れてくるので出来ない。
このドレスは母が私の為に作ってくれた大切な物。
騎士に蹴られて汚したくはなかった。
だから黙って歩く。
私の控室を通る時に、その扉が空いているのが見えた。
嫌な予感がした。
でも、見ない訳にはいかなかった。
控室を通り過ぎると、そこには一人のメイドが血だまりの中に倒れていた。
「アキ!!!」
「うお!?」
私は近くの邪魔な騎士を蹴り倒し、枷をハメられたままメイドのアキに近付いていく。
「アキ!?」
私は血でドレスが汚れる事も構わずにアキに呼びかけるけれど、ピクリともしない。
彼女を何とか頭で起き上がらせると、彼女は固まったまま動かない。
彼女の肌からはぬくもりは感じられず、彼女の目から光は消え失せていた。
アキは死んでいた。