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婚約者に溺愛されていました  作者: 神山 りお


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2/3

★ 中編



 アリサは今か今かと、ラインハルトをチラチラッと見ている。

 ミシェルの婚約者として来訪する事が度々あった。すり寄っている様子も見られたが、まさか自分を婚約者にしろなんて言うとは、ミシェルは思わなかった。

 それは甘かったらしい。

 だが、ラインハルトに来るなとも言えないし、異母妹とは関わるなとも言えない。なるべくしてなったのかもしれない。

 ミシェルは内心、溜め息を漏らしていた。



 

「シーリング男爵を何故お呼びになったのか良く分かりませんが、ミシェルとラインハルト様との婚約について、私から提案がありまして……」

 父が主導権を持つために、いち早く口を開いた。

 我が家なのに、これ以上レーション侯爵主導で話を進めたくないとの意気込みが見えた。

「あぁ、アリサとかいう娘と替えろとの事だったな」

 レーション侯爵が脚を組み直し、アリサをチラッと見て不敵な笑みを溢した。

 だからこそ、ラインハルトを至急呼び付けたのだと。

「えぇ、元より"政略"結婚でしたので、妹のアリサでも問題はないかと」

 父の隣で、何か言いたくてウズウズしているアリサを制しながら、父はニコリと笑い言ったのだ。

「ほぉ? 政略。そうだったか? ラインハルト」

 レーション侯爵は面白そうに息子ラインハルトに促した。

 勿論、政略か否か、親であるレーション侯爵が知らない訳がない。わざとだ。

 それを知った上で受けたラインハルトは涼やかに笑った。



「いいえ。父上は"当然"ご存知かと思いますが、私がミシェルを妻にと望み求婚プロポーズしたのですよ。まさか、ミシェルの父であるフォーク殿がそんな勘違いしているとは思いませんでした」

「「「え!?」」」

 ラインハルトがレーション侯爵に嫌味も含めて説明すれば、父達は何故か驚愕していた。

 政略でない事は、婚約式の時にも分かっていた筈なのに、父まで驚いていたのにはミシェルが驚いた。

 10年近く前の話だから、勝手に解釈を変えていたのかもしれない。

「まぁ、幼い頃の話でしたからね。忘れてしまうのも無理もないでしょう」

「え、い、いや、しかし」

「私は、伯爵家のミシェルと結婚がしたいのではなく、ミシェル個人を望んでいるのです。フォーク殿。ですので、アリサ嬢と結婚など絶対にあり得ません」

 ラインハルトは父達の顔を見て、ハッキリと断言した。

 望むのはミシェルだと。

 ミシェルは不安だった心が震え、涙が溢れそうだった。

 アリサがすり寄っていたのは知っていたし、ラインハルトが邪険に扱っていなかったので、もしかしたらと考えてしまっていた。

 信頼しきれていなかった自分を恥じていた。




「でも、今までは? って事でしょう? 地味なお姉様より、私の方がラインハルト様にはお似合いだと思いません?」

 だが、納得がいかないアリサは、媚びる様な目をラインハルトに向けた。

 自分と出会わなかったからミシェルと婚約したのであって、自分を知ればミシェルより自分を選ぶと思ったのだ。

「どんな所が?」

 ラインハルトは挑発的な笑みを浮かべた。

「ど、どんな所って。私の方が美人だし? 夜会に連れて行くには華やかな方が恥をかかないと思うの」

「華やかと下品は別だよね」

「なっ!! 私が下品だと言うの!?」

「少なくとも、そういう言動は恥ずべきマナーだし、腹違いとはいえ身内を悪く言う人間は最低だと思うけど?」

 今のアリサの行動や行為について、苦言を呈するラインハルト。

 令嬢としても品がないと笑っていた。



「なっ! そんな大人しいだけのお姉様なんか、何処がイイのよ!!」

 馬鹿にされたと、顔を真っ赤にさせたアリサが、ラインハルトに食ってかかっていた。

 まさか、振られるとは思わなかった様だ。

「人の婚約者にすり寄らない所? 家族の悪口を言わない所? 見栄張りのための服飾品にお金を掛けない所?」

 キミと比べるのがおこがましいくらいに色々あるよね? とラインハルトはアリサを扱き下ろしながら、クスリと馬鹿にした様に笑い返した。

 ミシェルの良い所を言っている様で、アリサの悪口を言っている。イイ性格である。

「な、失礼にも程があるわ!! お父様、こんな人、こっちから願い下げよ!!」

「そうですわ!!」

 振ったのではない。振ってやるのだとアリサが怒ると、義母もそれに追随する様に言った。

 大事な娘を馬鹿にされて黙っていられなかったのだ。

「ラインハルト様、娘を馬鹿にするのは失礼ではないですか?」

「婚約者を替えろと言う、貴方ほどではないよ」

 父が睨んだ所で、ラインハルトには微塵も効かなかった。

 寧ろ、にこやかに睨み返されていた。



「たとえこの結婚が政略だとしても、格上のコチラが提案するならまだしも、何故そちら側が提案してくるのか全く理解が出来ない。しかも、ミシェルよりメリットでもあるのかと思えば、デメリットしかない。そんな不良債権を押し付けないで貰いたい」

 ラインハルトは鼻であしらっていた。

「お前、正直過ぎるぞ」

 レーション侯爵が苦笑いし、息子の歯に衣着せぬ物言いに苦言を呈しているかと思えば、何故か乗っかっている。

 ミシェルはこの空気の悪い中、皆が帰った後、この屋敷に残るのは嫌だなと怯えていた。

 絶対にとばっちりを受けるに決まっている。

 今までなかった暴力も振るわれそうな雰囲気さえある。義母と異母妹が殺人鬼の様な形相でコチラを睨んでいるのだ。




「格下だと馬鹿にするにも程がある!! 帰ってくれ!!」

 父が怒りの余り、レーション侯爵達に出入り口を指差した。

 出て行けと。



 だが、顔を見合わせるだけで、腰を上げなかった。

 それどころか、不敵に笑っていたのだ。




「安心しろ。わしらはすぐに帰る。なにせ、わしがわざわざココへ来たのはラインハルトとミシェルの結婚の話ではない」

「は?」

「今後、この伯爵家をどうするか、ミシェルとシーリング殿が話し合うためだ」

「「は?」」

 この言葉に、父と義母が眉根を寄せた。

 何故、我が伯爵家の今後を、レーション侯爵が関わるのか。シーリング男爵が関わってくるのか理解出来なかったのだ。



 理解出来ていない父を無視し、レーション侯爵は淡々と話を続けた。

「ミシェルが、我が侯爵家に嫁いで来るとなると、この伯爵家の当主は空位になるだろう? エリゼ殿の子はミシェル1人しかおらんし、ミシェルが我が家に来れば、この伯爵家はエリゼ殿の実弟のシーリング男爵が継ぐ事になる」

「は?」

「だが、彼には息子がいる。なれば、男爵が引き継ぐより、ニック殿が伯爵家を継いだ方がいいだろうと思ったのだよ。で、その手続きを早急に済ませようと、シーリング男爵を呼んだんだ。わしは、陛下直々に許可を得て立会人として来たまでよ」

 ミシェルと息子の結婚は決まっていた。

 それ故に、陛下やシーリング男爵達と話し合いを進めていたのだ。勿論、ミシェルを蔑ろにする父は蚊帳の外である。




「は? この伯爵家をシーリング男爵が継ぐ!? 何故、この私を差し置いてシーリング男爵如きが継ぐんだ!!」

 父は、寝耳に水だったのか、怒りに任せてテーブルを叩いた。

 勝手な言い分を進めるなと。

「現ファクター伯爵の叔父だからだ」

 シーリング男爵が書類を鞄から出しながら、何の感情もなく返した。

 こうなる事は予測していたのだ。

「はぁ!? 貴方は私の叔父ではないでしょう!? 私がこの伯爵家当主だ!!」

「は? 何を言っているんだ貴殿は。貴殿はただの当主代理だろうが。伯爵の夫だったというだけで、当主ではない。訳の分からない事を言うなら、伯爵家を受け継いだという書類を見せて貰おう」

「……っ!」

「全く、一体何を言い始めるんだ。私の姉……前"当主"エリゼ=ファクターが生きていた時には、貴殿は当主補佐。姉が亡くなってからは、ミシェルが伯爵家を継ぐまでの中継ぎ当主だった訳だ。そして、めでたくミシェルが18となり、正式にファクター伯爵家当主となった。そのミシェルが侯爵家に嫁ぐのでね、伯爵家を引き継ぐために来たのだよ」

「なっ!」

「大体貴殿も、貴族ならば貴族法はご存知だろう? 当主の妻になった所で当主になりえない様に、夫になった所で当主にはなりえん。なので貴殿はミシェルが伯爵家を継ぐ歳までの代理で、只の後見人に過ぎない。一体、何を思い違いをしていたんだ?」

 シーリング男爵が呆れた様子で言っていた。

 仮にも子爵の息子だった男である。ならば、知っている筈だと思っていたが、それすらも買い被りだった様だった。

 最近は子供を甘やかし、大した教育を受けさせない貴族も多いと聞くが、その弊害が目の前にいるとは。シーリング男爵は呆れ返ってしまった。



「はぁ? お姉様がこの伯爵家の当主? 当主はお父様でしょう?」

 この父にしてこの娘ありだ。

 アリサが信じられないとばかりに、シーリング男爵に詰め寄る。

「アリサ嬢は平民だったのか?」

 シーリング男爵が揶揄って言えば

「はぁぁ!? 貴族に決まってるでしょ!!」

 と当然の様に返したアリサ。

 その返答を聞いて、シーリング男爵とニックはわざとらしいくらいに、満面の笑みで笑い返し、今度はニックが口を開いた。



「なら、勿論貴族法は知っているよね? 父が言った様にこの伯爵家は貴女の父フォーク殿のモノではなく、ミシェルの母で前伯爵家当主のエリゼ殿のモノ。なので、フォーク殿は今も昔も代理だった訳だ。で、その代理もミシェルが18歳になった所で権限がなくなったんだよ。だから、ミシェルが継がないと、貴族法に則り僕達が継ぐ事になる。勿論"貴族"だと言うのだから当然知っていたよね? あぁ、言わなくても分かるとは思うけど、エリゼ殿の子ではないアリサ嬢には、この伯爵家に対して何か言う権限は一切ないから」

 ニックが反論させない様にスラスラと、しかも噛み砕いて説明していけば、父の表情はみるみる内に白くなっていった。

 知らない訳がないのに、母が亡くなり当主の様に振る舞ってこられたので、思い違いをしていたのだろう。



「お、お姉様が当主!? お父様、何か言ってよ!!」

「そうよ、あなた。あなたが当主でしょう!?」

 異母妹と義母は、父に説明を求める様に言っていた。

 シーリング男爵達が話した事は信じたくないらしい。



「ミシェル。遅くなって悪かった。ここまで酷いと思わなかったんだ」

 シーリング男爵が申し訳なさそうに謝罪した。

 母エリゼが亡くなった時に、すぐにでも来れば良かったと。

「私が……私が本当に当主なんですか?」

 ミシェルは突然の事で、声が震えた。

 貴族法は勿論知っていた。だが、幼い時より父が当主の様に振る舞い、家令達がそれに従うのを見て、自分が当主になる事はないと擦り込まされていた。

 学園では人見知りという事もあり、そんな込み入った話は一切していなかったし、ラインハルト達はミシェルも当然知っていると思っていた様だ。

「そうだ、ミシェル。だが、お前は侯爵家に嫁ぐ。だから、私の息子ニックに家督を譲る事になるが、異論はあるかい?」

 シーリング男爵は圧を掛けたりせず、優しく優しくお伺いを立てていた。

 ミシェルが嫌だと言ったとしても、決して怒ったりせず理由を訊いてくれるだろう。断る術はないが。

「いいえ、ありません……ただ」

「ただ?」

「わ、私がもし、ラインハルト様に捨てられる様な事があったら、使用人として雇って貰えませんか?」

 ミシェルはおずおずと言った。

 万が一ラインハルトに見限られる事があったら、帰る場所がない。

 平民として暮らすにしても、一文無しから暮らす自信がなかったのだ。正直な気持ちが、思わず口から漏れた。



「ミシェル。私はキミの父や義母ではないんだ。捨てたりしないよ」

 ラインハルトは、わざと父達を揶揄しながら笑って言った。

「で、ですが……」

「万が一、別れる事になっても、キミの父達みたいに無慈悲に追い出したりはしないと約束する」

「……」

 あくまでも、父達を揶揄するラインハルトに、ミシェルは困った表情をしてしまった。

 真面目な話をしているつもりなのだが、一々父達をダシにする。

 それだけ、父達の事で腹に据えかねているのかもしれない。

「何があっても、キミを不幸にはしない」

「……はい」

 ミシェルはラインハルトの真剣な言葉を信じる事にした。

 今のミシェルには、"幸せにする"という漠然とした約束より、"不幸にしない"という言葉の方が、何故か心に響いたのだ。














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