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9 買い物デート(仮)とナンパ

 湖ダイブでびしょ濡れになったドレスやバッグの洗濯は後にして、ひとまずスカイラのジャケットだけ庭に干す。


 乾くのを待つ間に買い出しに行くことになり、わたしの胸は大きく高鳴った。


「玄関扉の鍵が壊れかけているので、新しく錠前を買った方が良いでしょう。あと、目隠しのカーテンも。窓の鍵も念のため」

「防犯用品、そんなに必要でしょうか?」

「必要です。あなたより強い変態が現れたらどうすんです」


 わたしより強い、最強の変態。

 

 その姿を想像して、わたしは軽く吹き出した。そんな人物が現れたら、わたしだけではなく、街中がパニックに陥ることだろう。……ちょっと面白い気もするが。



 家を出て、スカイラと二人で街中を歩きながら、他愛もない会話をする。


 これは世間でいうところの『お買い物デート』では? なんて考えが頭をグルグルまわって、意識しだすと頬がへにゃりと緩んだ。


 街の真ん中あたりまで出てくると人も多くなり、広がらないように歩くうちに、スカイラとの距離が近くなる。


 並んで歩くと、彼の腕に肩が触れそうで、わたしは心中でヒィヒィ言っていた。


 けれど残念ながら、顔の位置は結構遠い。小柄なわたしと背の高いスカイラは、接近すればするほど、会話がし辛くなるということに気が付いた。


 スカイラは下を見るだけなのでまだ楽そうだが、わたしはしんどい。常に真上を見上げながら喋るのがしんど過ぎる。きっと帰る頃には、首を痛めていることだろう。


「……もっとヒールの高い靴を履いてくれば良かったなぁ」

「街歩きには適さないのでは? 足を痛めますよ」

「わたしは例え戦場でも、きっとヒールで走り回れます」

「戦場に行くことがあったら、軍靴を履くように……」


 鉄のヒールは体術と相性が良いので、戦場で使えそうだと思っていたのだが、スカイラがそう言うのなら、軍靴を履くことにしよう。――いや、行く予定は全くないけれど。


 戦場は置いておき、次に街歩きをする時は一番高いヒールの靴を履いてこようと思う。お金をやりくりして、新しく買っても良いかもしれない。次があるのかはわからないが、あることを祈って。


 そんなことを考えていたら、ふと靴屋のショーウィンドウが目に入った。ガラスの向こうで輝く赤紫の靴は、今日のわたしのドレスに合いそうだ。


 つい足を止めて見入ってしまった。――が、それが良くなかった。


 歩くスカイラと距離ができ、そのわずかな間に面倒事が起きてしまった。


 突然、見知らぬ男がわたしの肩を強く掴んできたのだ。


「ヘイ、彼女! もしかして一人? その靴気になるのほおお――ッ!?」


 男の口上を聞き終わる前に、わたしはその太い腕を鷲掴んで、力一杯、背負い投げをぶちかましていた。


 路上に叩きつけられた男は、泡を吹いて石床にめり込んだ。ドゴォッ! という鈍く大きな音に周囲の人々が仰天して、サァッと引いていく。


 円を描くような人だかりの中心で、わたしはようやく、今この男にナンパされたのだということを理解した。


「び、びっくりした~……初めてナンパされたわ」

「びっくりしたのは私です……アイシャさん、人を投げてはいけませんよ……」


 人だかりを抜けて寄ってきたスカイラが、渋い顔で眉間を抑えた。


「あぁ、警吏が来ましたね。事情は私から話しましょう」

「……すみません」


 またやってしまった……しかも、スカイラと一緒にいる時に。彼に初めて、わたしの暴力を見られてしまった……



 気持ちが落ち着いてくるにつれ、最悪のやらかしを理解して、死にたくなってきた……

 

 盛大に項垂れていると、ふいにスカイラの手が肩へと触れた。


 そのままトンと押されて、わたしは彼の背の後ろへと導かれる。わたしの体は路面店の壁とスカイラの背中の隙間に格納された。


「事が済むまで私の背に隠れていなさい。連れを見世物にしたくはありません」

「申し訳ございません……スカイラ様にも恥をかかせてしまい……」

「アイシャさん、」


 スカイラは背で縮こまるわたしに、険しい表情で言う。


「防犯用品の追加です。痴漢対策の魔道具と、ストーカー撃退の魔道具と、あとはその他諸々の変質者を蹴散らす防犯グッズを買うべきかと」


 一息で喋り切ったスカイラに、わたしはさらに項垂れた。わたしが直接手を下すと最悪犯人が死ぬので、防犯グッズを使って穏便に撃退しろ、ということか。


「……ええと、はい……考えておきます。他人(ひと)に優しく、ですね……」


 わたしが返事を返すと、スカイラは何とも言えない複雑な顔をして、大きくため息を吐いた。





 騒ぎに駆けつけた警吏への対応は、スカイラが引き受けてくれたおかげでスムーズに済んだ。

 

 突然体を触られたことに対する、ちょっと強めの正当防衛、という事で丸く収めてくれたのだった。


 ナンパ男は運ばれて行き、めくれた石床もそれなりに直され、一件落着――というところで、わたしはハッと思い出した。


 鞄に入れてきた黒魔石を取り出して、警吏のおじさんへと渡す。これは学院の湖の底にあったものだ。


「あの! そういえば、黒魔石を見つけたんでした!」

「おぉ、随分と大きいな。除去の協力に感謝します。場所はどちらで?」


 おじさん警吏は黒魔石を腰の鞄にしまい、メモ帳を取り出した。


「エメルファンデ貴族学院の湖の底です」

「湖の底? 良く見つけましたね」

「あ、ええと、水がすごく透明だったので……」


 ちょっくら素潜りで取ってきました! なんて言えるはずないので、適当に誤魔化しておく。スカイラはまた渋い顔で眉間を抑えていた。



 無事に黒魔石の聴取も終え、警吏たちが帰っていく。


 去り際に「また黒魔石か。最近多いな……」とボソリとこぼされたおじさんの言葉が、わたしの耳を掠めていった。



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