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4 ならず者との揉め事…という名のボコし

 浮かれた気持ちで神殿を出て、新居を目指す。


 新居――祖母の家は、街の中心からは外れた場所にある。街の端っこの方なので、どちらかというと階級の低い人々の生活圏だ。


 当然、今まで暮らしていた貴族街よりも治安は悪くなる。けれどそんなことは、戦神の愛し子たるわたしにとっては些細なことだ。


 それよりも問題なのは、スカイラのいる神殿が随分と遠くなることだった。そればかりはちょっとだけ、残念な気持ちだ。


 

 父から渡された地図を頼りに、街の中を歩いていく。


 歩くにつれて、美しく整備された街並みから、徐々に景観がごちゃごちゃとしてくる。でこぼこの石畳に、馬車の通れない細い道。


 すっかり人気がなくなった奥まった場所に、祖母の家は佇んでいた。

 

 石とレンガでできた、こじんまりとした家だ。狭い庭と玄関ポーチは瓦礫と雑草に占められている。


「こんなに小さな家だったっけ……?」


 祖母が存命だった頃――わたしが七歳の頃まで住んでいた家だ。けれど、思い出の中よりも、ずっと小さな家に見えた。


 壊れた小さな門を通り、家の敷地へと足を踏み入れる。


 チラリと足元を見ると、瓦礫と雑草に紛れて、たくさんの酒瓶とタバコの吸い殻が捨てられていた。


 玄関扉へ手を伸ばしかけた時、家の中から複数人の笑い声が聞こえた。男の声だ。


『ギャハハハ――でさ、あそこの賭場がよ――』

『――あっクソ、タバコねぇや』

『あそこの娼館ブスばっかで――』


 漏れ聞こえてくる会話に、わたしはげっそりとした顔をした。どうやらこの空き家は、ならず者たちのたまり場になってしまっているようだ。


「うわぁ……どうしよう……部屋に臭いがついてたら嫌だなぁ」


 酒にタバコに男臭。これからうら若き乙女が暮らす家に、全くもってふさわしくない香りだ。


 げんなりしてため息を吐いた時、ふいに背後から下品な声がかかった。


「うお! おいおい女じゃん! 誰の女だよ?」


 振り向くと、大きな体格の男が道をふさぐように近づいてきていた。


「だ、誰の女でもありません! あの、わたし一応、この家に入居予定の者なのですが……」

「ギャハハハッお嬢ちゃんまじウケるーっ」


 勝手にウケるな。何も面白くないわ!

 つい心の中でツッコミを入れている間に、男は私の背中をグイと押しながら、玄関扉を開け放った。


 家の中に押し込まれたわたしは、ならず者たちのたまり場の真ん中へと、躍り出てしまった。


 わたしの姿を見るや、五人の男たちは愉快そうに、ゲラゲラとはしゃぎだした。


「おいお前ら! この女の子、ここに住みてぇんだとよ!」

「えっ、誰かの女? 超可愛いじゃん!」

「嬢ちゃん、良い身なりしてんなー」

「世間知らずのご令嬢が、家出でもしちゃったかぁ?」

「そんなら、優しく可愛がってやらねぇとな」


 ならず者たちの下品な会話に、わたしはギュッと顔を歪めた。


 爽やかで清廉なスカイラとの時間を過ごした後だと、この男たちのまとう雰囲気が、余計に酷いものに感じられる。もはや同じ空気すら、吸いたくないような気持ちだ……


 無精ひげを生やした男が、イヤらしく笑いながら手を伸ばしてきた。言うまでもなく、わたしは即座にパシンと叩き払う。


「痛っ! ……テメェ、自分の立場わかってんのか?」

「えぇ、わかっていますよ。わたしはこの家の主で、あなたたちは不法侵入のならず者です。さっさと出て行ってください! 警吏を呼びますよ!」


 キッと睨みつけると、男たちは一瞬呆けた顔をした後、大声を上げて笑い崩れた。


「アッハッハッハッハ! こりゃ本物の馬鹿だ!!」

「警吏を呼びますよー? だってよ! 呼んでみろっつーの!!」


 笑い過ぎて涙目になっている男が、肩を揺らしながら、再びわたしに手を伸ばしてきた。


「ここの主が誰なのか、頭じゃわかんねぇなら、体でわからせてやんねぇとな!!」


 伸ばされた男の大きな手が、わたしのドレスの衿元を豪快に掴んだ――



 ――その瞬間、わたしの拳が男の顎にめり込み、天を貫いた。



 顎の下から突き上げる一撃をくらわされ、男の体は天井近くまで舞った後、重力に従ってドサリと落ちてきた。


 突然宙を舞った仲間の体に、男たちは下品な笑いを止める。

 


 一瞬の沈黙の後すぐに、沸騰したかのように顔を真っ赤にして、男たちは怒声と共に四方から襲い掛かってきた。


「クソ女がぁッ!!」


 一番近くに迫った背後の男の顔面に、振り向きざまに高速の回し蹴りを叩き込む。男は風にもまれた枯れ葉のように、グワンと体を一回転させて吹っ飛んでいった。


 それを視界の端で見送りながら、正面から突っ込んでくる男へと目を向ける。

 

 彼はナイフを構えていた。超絶に優れたわたしの動体視力が、男の動きを鮮明な静止画のように、バッチリととらえる。


 スカートをひらりと持ち上げ、軽く足を蹴り上げる。ナイフに靴のヒールを引っ掛け、男の手元を狂わせる。


 ぶれたナイフの軌道を立て直す隙も与えず、男の股間へと膝蹴りをぶち込んだ。


 白目をむいて倒れゆく男の手から、ナイフがこぼれ落ちる。それをサッとキャッチして、横から短剣を振りかざしてきた男の刃を、ナイフで受け止めた。


 同時にガツンと足を払って、短剣男を床に転がす。その鳩尾を踏みつけるようにして、尖ったヒールの踵を叩き入れてやった。男は呼吸ができなくなったのか、泡を吹いて痙攣し始めた。


 痙攣男を見下ろしていると、勢いよく、大きな酒瓶が飛んできた。


 ダンスのステップのように体を揺らして酒瓶を避け、トンッと大きく一歩を踏み出す。瞬き一つの間に、酒瓶を投げてきた男の間合いに入り込んだ。


 男の真ん前でもう一度トンと踏み込み、真上へと飛び上がる。天井近くで宙を一回転し、回転の勢いと重力を利用して、わたしは男の脳天へと踵落としをぶち込んでやった。


 男は道化師のように体をグワングワンと揺らした後、床へと倒れ込んだ。



 乱れた長い髪を整えながら、ふぅ、と息をつく。


「……今回は完全に正当防衛の範囲、よね。うん……」


 ならず者たちを叩きのめしたことは、スカイラには黙っておこう。また渋い顔をさせてしまうから……


 わたしは倒れ伏す五人の男たちをチラッと見やった後、玄関扉へと手をかけた。


「ええと、とりあえず警吏を呼んでこなくちゃ。この人たちを住居侵入罪で捕まえてもらって――……」


 ここまで考えて、ふと扉を開く手が止まった。もう一度、冷静に部屋の中を見まわす。


「……この状況、わたしが被害者だと訴えても、信じてもらえるかしら……?」


 完膚なきまでに叩きのめされた男たちと、無傷の女。傍から見たら、どういう状況なのかさっぱりわからず、警吏を混乱させてしまいそうだ。


 混乱させるだけならまだしも、最悪、わたしの方が得体の知れない危険人物として捕まってしまいそう……

 

「そうだ……! もうちょっとこう、揉めた痕跡をわたしの方にも……!」


 わたしは自分の両腕を、ベシベシと叩いてみた。青あざでも付けておけば、『男たちと揉め合って怪我をしました』感が出るだろう。


「ならず者たちのたまり場に、無理やり連れ込まれたわたし。でも、そこで男たちが内輪揉めを始めて、わたしは騒動に紛れて、命からがら逃げ出してきました。――よし、この設定でいきましょ!」


 状況の設定を固めると、わたしは腕を叩いたりつねったりしながら、家を出た。警吏の屯所にたどり着くまでには、良い感じの痣に仕上げておこう。



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