21 騒動が終わって
避難所で令嬢の手当てを受けながら、「ようやく魔物掃討軍が西地区と南地区に到着したらしい」という、人々の会話を聞いた。
事態は夜が明けるまでには収束して、いつの間にか疲れて眠ってしまっていたわたしは、気がついたらちゃんとした病院のベッドに寝かされていた。
目が覚めた時、ベッドの横にスカイラがいてくれて、夢を見ているような幸せな心地になった。
――の、だが、その隣に父もいて、なんだかロマンチックが相殺されたような、複雑な気持ちになったのだった……
そうして、魔物騒動の夜から一週間。
わたしは翌日には病院を出ていて、早々に一人暮らしの家に戻って過ごしていた。
まだ街の話題は騒動で持ち切りで、情報はあることないこと、次々耳に入ってくる。
『闇夜の中を駆け、戦神のように魔物を葬っていく可憐な乙女の姿を見た』とか、『いや、乙女なんかじゃなくて、戦神は黒い男の姿をしていた』とか。
『分厚い鎧をまとった魔物が、軍人たちに囲まれていた』という噂話は、おそらく連行されるアロンゾの姿を見て、魔物だと勘違いした者がいたのだろう。
アロンゾが捕まったらしい、ということは、父からも話があった。
公にはなっていないし、その後彼がどうなったのかも聞いていないが、ひとまず、婚約は白紙になったそうだ。
気乗りしない縁談が流れたことは良かったけれど、わたしを取巻く状況は、振り出しに戻っただけだ。
怪我の療養が終わって落ち着いたら、きっとまたわたしの元には、どこぞの軍人家から結婚の打診がくるのだろう。
今回魔物を倒したことで、さらに戦神需要が高まってしまうかもしれない。こういう形で、モテ期を経験したくはなかった……
無理を言って実家での療養を拒否したのは、そういう縁談関係の話を、一切聞きたくなかったからだ。
しばらくはそっとしておいて欲しい、と駄々をこねて、実家を出てきた。
実家の使用人がちょくちょく様子を見にくるが、気を遣ってくれたのか、縁談やアロンゾ関係の話をすることはなかった。
全ては一度、白紙となり、わたしの生活は振り出しに戻っただけ――なのだけれど、二つほど、前までとは大きく変わったことがある。
一つは、わたしの恋心が、『独り言』の形でスカイラの知るところとなったこと。
もう一つは、そのスカイラが毎日のように、わたしの家を訪ねてくるようになったこと。
今、彼はなぜか、うちのキッチンでお菓子を焼いている。わたしはその姿を、ソファーでゴロゴロしながら観賞しているのだった。
「……スカイラ様は、将来良いお嫁さんになれそうですね」
「なりませんけども」
「……エプロン姿が庶民のお家のお母さんみたい。お母様って呼んでもいいですか?」
「お断りします」
こちらを見もせずに、スカイラはしれっと言葉を返してくる。
こうして会話をしていると、神殿の面談室を思い出す。スカイラは今、神官服を着ておらず、私服なのだけれど。
「スカイラ様、お仕事はどうしたんです? サボりですか?」
「言い方……休みを取っただけです」
スカイラはあきれたしかめっ面で、わたしをジトリと振り返った。
おぉ、やっとこちらを見てくれた。わたしの目から見る彼は、今日もしっかりと、特別格好良く見える。
スカイラへの気持ちは、一応区切りをつけたのだけれど……今日もまだ恋心は、わたしの胸から消えてくれないみたいだ。
アロンゾとの婚約が流れたことで、この恋心を消すまでに、いくらか猶予ができた。次の縁談が舞い込むまでは、最後の最後の思い出として、このときめく気持ちを大事にしようと思う。
「どうしてお休みを取ったんですか?」
「私用のためです」
彼の返事を聞いて、わたしは複雑なため息を吐いた。きっとスカイラはわたしに同情して、わざわざ休みを取って様子を見にきてくれているのだろう。
彼は、哀れな子供を放っておけないのだと思う。
戦神の加護持ちという特殊な身の上にあり、大きな怪我を負った直後で、自分に特別懐いている子供――客観的に見ても、突き離し辛い要素が多すぎる。
こんな子供を冷たく突き放したら、誠心を重んじる神官という身分的にも、まずいのは明らかだ。
「……いつまでお休みですか?」
「アイシャさんが元気になる頃、あたりまででしょうかね」
いつもスマートなスカイラの事だから、わたしの怪我が癒えたら、そっと距離を取り、さりげなく離れていくのだろう。そして何もなかったように、神殿で涼しい顔を見せるのだ。
一連の流れが、容易に想像できる。物事を拗らせない、大人な対応をしてくるに違いない。
「……大人ってずるい……優しくしておいて、期限が来たらさようなら、ですか」
「ですから、言い方。というか、私は大人ではありませんよ」
「わたしから見たら大人です。なんでもサラッと対応しちゃうんですもん……」
この人に、対応できないことなどあるのだろうか。あるのだったら、是非知りたいところだ。
相手の弱点を知り、的確に攻める――これは戦いの基本である。……別にスカイラを殺るつもりは、全然まったくないのだけれど。
好きな人のことは、なんでも知りたくなるものなのだ。純粋な乙女心です、はい。
「私は、大人のように振る舞っているだけです。実際はアイシャさんが思うより、不器用な人間ですよ」
「そうでしょうか……」
わたしはスカイラの姿をじっと観察する。
黒髪は綺麗に整えられていて、着ている青いシャツには皺一つない。見た目も所作もいつも上品で、人として完璧に仕上がっているように見える。完璧に格好良い。好きだ。
上から下まで眺めまわすわたしの視線を流して、スカイラはお菓子を焼いているオーブンの元と歩いていく。
「私にも、どうしようもなく怖いものや、ままならない気持ちや、どうして良いかわからない事がたくさんあります。――そういう、心のうちを吐き出したくなった時には、ある人に相談するんです」
オーブンからお菓子を取り出しながら、スカイラはさらりと言った。
「神殿の、清掃員の女性です」
――クルクルパーマのおばちゃんだ!
わたしは思わず、抱きしめていたクッションを取り落した。
「あの方には、なぜだか色々な事を、なんでも話せてしまいます。不思議なことに」
わたしは心の内で、わかる~! と大きな声を返した。
にしても、スカイラはおばちゃんと、一体どういう話をしているのだろう。わたしは主に恋バナだけれど、彼は仕事の話とかだろうか。気になる。
「スカイラ様の相談事……って、なんだか難しそうですねぇ。神官職のこととか、人生相談とかですか?」
「いえ、もっと俗な悩み事です。教えませんが」
「え~、そう言われると、余計気になります!」
わたしはソファーから立ち上がり、スカイラの元へと寄った。
純粋な好奇心に、キラキラと目を輝かせて彼の顔を覗き込むと、思い切り顔をしかめられた。
「アイシャさんにだけは、絶対に、教えません」
想定外に怖い顔をされたので、これ以上の追及は諦めることにした。
一体、スカイラはクルクルパーマのおばちゃんと、何を話しているのだろう。恥ずかしい黒歴史の話とかだろうか?




