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17 夜闇の無双

 街の通りにはそこかしこに、真っ黒な魔物が徘徊していた。二足歩行の熊みたいな巨体が、グワングワンと上体を揺らしながら歩いている。


 警吏が人々を避難させ、庶民ながら武装した自警の男たちが応戦を始めた。


 新月の暗闇に、あちこちから上がった悲鳴と咆哮がこだましている。


 あまりの光景に呆然と立ち尽くしていると、わたしに意識を向けた魔物たちが、揺れながら群がってきた。


 わたしの姿に気が付いた街の人々が大声で叫んだ。


「あそこに女の子が……!」

「お嬢さん! 逃げなさい!!」


 かけられた声にハッとした瞬間、一人の警吏が走り込んできた。おじさんの警吏はわたしを背に庇い、魔物へ剣を構えた。


「私が引きつける! その間に逃げるんだ!」

「あっ……! ナンパ事件の時のおじさん!」

「へっ!?」


 突然呼びかけられたおじさん警吏は、わたしの方へ、バッと顔を向けた。

 

「お嬢さん、もしかしてあの時の戦神の……!?」

「ごめんなさい、ちょっと剣を貸してください!!」

「へぁ!?」


 わたしはおじさんの剣を奪うと、身をひるがえして迫りくる魔物へと飛び込んでいった。


 振り下ろされた魔物の爪を避けると同時に、腕を叩っ切る。よろけた魔物の胸へ剣を突き刺し、核の黒魔石を砕いた。


 続けて突っ込んできた魔物の股の下を、前転で転がり抜ける。即座に立ち上がり、背中から叩き切った。また黒魔石が砕けて散った。


 もう一体、爪を振りかざしてきた魔物の腕に、トンと飛び乗る。魔物の動きを利用して宙へ飛び上がり、重力を利用して、剣先を天から地面へと叩き落とした。


 魔物の体の真ん中を貫いた剣は、勢いあまって街路の石床へと突き刺さった。


 見ていた自警の男たちから、おぉ! という歓声が上がった。


 近場の三体はこれで撃破だ。でも、街路の先にはまだまだ魔物たちがうごめいている。


 わたしは目をまるくしていたおじさん警吏に、早口で告げる。


「すみません、しばらく剣を貸してもらえませんか!?」

「あ……っと、ちょっと待ちなさい、お嬢さん!」


 何か思いついた顔をしたおじさんに背を押されて、わたしは自警の男たちの輪の中へ連れ込まれた。武器を持った屈強な男たちを見回して、おじさんは言う。


「お嬢さん、この中で一番得意な武器を持っていきなさい」

「え、あ、はい」


 マッチョな男たちは、無駄に色々な武器を装備していた。わたしに向けて、ドヤ顔で各々の武器を披露し始める。この人たち、この状況をちょっと楽しんでない……?


 槍に斧にこん棒、剣――数ある中から、わたしは小柄な体格に不釣り合いな長剣を選んだ。


「すみません! この剣をお借りします!」


 ペコリと頭を下げて走り出すと、マッチョたちから大きな声がかけられた。


「姉御! その剣は差し上げます!」

「行ってらっしゃい! 姉御!」


 マッチョたちの暑苦しい見送りを受けながら、わたしは街路を走り出した。姉御って呼ぶの、やめてほしいな……




 街角で老婆を追い詰めていた魔物を叩き切り、商人の乗る馬車を壊そうとしていた魔物を切り捨てる。 


「もうっ魔物だらけ! どんだけいるのよ……!」


 十数体を倒したところで、わたしは一度立ち止まる。息を整えながら、自分のドレスに目を向けた。足首丈のスカートは、走りづらい……!


 わたしはスカートに剣先を突き刺し、勢い良く裂きちぎった。さらに、膝上丈になったスカートの両脇を裂いて、スリットを入れる。――これで動きやすくなる……!


「ギャアアア助けてくれぇッ!!」


 通りの向こうから聞こえた叫び声に、わたしはまた走り出した。


 魔物の爪を飛びかわし、核目掛けて剣をぶっ刺す。一体撃破、勢いのまま二体目、三体目。


「きりがないわ……! 街全体がこんなことになってるの!?」


 街の様子を見るため、民家の壁に足をかけて屋根へと駆け上る。屋根伝いに高い場所を目指して走り、街全体を見渡した。


「西地区と南地区が酷いのかしら……」


 暗くてあまり良く見えないが、西と南のほうに、黒いモヤがかかっている。あれは魔物の黒い体から出た煙だ。


 南西の方角は、北東にある魔物掃討軍の基地から、一番遠い場所だ。きっと軍の助けが遅れるから、わたしはそちらへ向かうべきか――


 ――そこまで考えをめぐらせた時、ふとアロンゾのことを思い出した。


『新月の夜、西地区の大広場で星を見るデートをしよう!』


 彼は確か、そんなことを言っていたような。今の今まで、デートの約束なんぞ、すっかり忘れていた。

 

「そうだ、アロンゾ様……っ! まさか今頃、魔物の群れの真ん中に取り残されているんじゃない!?」

 

 アロンゾの実力の程は知らないが、少なくとも、彼はわたしより戦闘力が低い。もしもわたしがデートをすっぽかしたせいで、彼の身に何かあれば、さすがに寝覚めが悪い……


「助けに行かなくちゃ……!」


 駆け出そうとしたわたしの前に、屋根を這い上ってきた魔物たちが立ちふさがった。

 

 魔物は倒れ込むように、巨大な上半身全体を使って、わたしを潰そうとしてきた。咄嗟に後ろに飛びのいてよける。同時に、体をひねって後ろにいた魔物を切りつけて撃破する。


 向き直り、前方の魔物の上に飛び乗って、剣先を胸へと垂直に突き刺す。核は砕け、魔物は黒い霧に変わった。


 ――その直後、わたしの肩を黒い爪がかすめていった。ドレスが破れ、真っ赤な血が飛び散る。


「ッ……!」


 わたしはバランスを崩し、屋根の上から転がり落ちた。地面に叩きつけられる直前に、なんとか体勢を立て直して、無理やり着地する。


 石床に足を着いた瞬間、バキリと片方のヒールが折れた。


 わたしを追って飛び降りてきた魔物の下に走り込み、下から上に向かって、剣を突き刺した。


 魔物は消え、わたしは肩を押さえて小さく呻いた。


「うぅ、不覚……もう一体いたなんて……」


 なびく長い髪の毛が邪魔して、見えなかったのだ。


 わたしは大きくため息を吐くと、髪の毛を手でまとめた。束にしたところに剣身を当てて、ザクリと切り払った。


 せっかく伸ばしてきた髪だけれど、命には代えられない。今は髪の美しさより、戦いやすさを優先するべきだ。


 肩の長さになった髪を払い、折れたヒールを脱ぎ捨てる。汗で濡れて滑る靴下も捨て、素足を晒した。


 わたしは気持ちを振り切るように、再び走り出した。




 目指すのは西地区の大広場だ。もしアロンゾが逃げずに応戦しているなら、きっと戦況は悪いに違いない。この数の魔物を相手に、個人が戦うには分が悪い。


 走りながら、遭遇した魔物を片っ端から始末していく。街の人々が少しでも安全に避難できるように。


 魔物が出た時、街には避難所が作られる。各所の神殿を中心として、街に点々と設置されている祈り場の石碑に、結界が張られるのだ。


 特別な呪文で石碑の結界を発動させるのは、神官の役目なので、きっと今頃スカイラも大忙しだろう。結界を張り、人々を誘導して――……


「神様、どうかスカイラ様をお守りください」


 息を弾ませながら、お祈りしておく。


 スカイラが魔物の爪に引っ掻かれでもしたら、たまったものではない。好きな人には健やかであってほしいのだ。……失恋した今、好きな人、と呼んでいいのかわからないけれど。




 魔物を切って、走って、刺して、また走って。

 

 耳元でチャラチャラと揺れるお気に入りの耳飾りは、気が散るので走りながら外して捨ててしまった。戦いやすさを求める、戦神の囁き声に従って――……




 そうしてようやく、わたしは西地区の大広場までたどり着いた。



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