13 手合わせと戦神の覚醒
ビスト家の稽古場へと連行され、あれよあれよという間に、わたしは重たい両手剣を握らされていた。
稽古場は屋敷の離れにあり、円形をした建物だった。その造りはまるで闘技場のようだ。
わたしとアロンゾが中央に立つと、稽古に励んでいた剣士たちはサッと壁際にはけて、観客のようになった。
父とビスト家の面々も見守る中、アロンゾは対面するわたしへ剣を掲げた。
「さぁ、アイシャ嬢よ! 戦神の加護を見せてみよ!」
「ふえ~~~~ん、剣、重たいですぅ~~っ」
わたしは内股で、ヨロヨロと剣を抱えた。
その様子にイラついたのか、アロンゾが顔に青筋を立てながら、一気に間合いを詰めてきた。
彼は走り込む勢いのまま両腕を大きく振りかぶり、わたしの剣を目掛けて、容赦なく剣身を叩きつけてきた。
「オラァッ!」
「キャ……ッ!!」
わたしは女子力百点満点の悲鳴を上げて、アロンゾの剣を受け止めた。――が、受け止めきれずに、わたしの剣はあっけなく弾き飛ばされた。
剣を弾かれた衝撃で、小柄なわたしは大きくよろめき、稽古場の石床にドサリと倒れ込む。
わたしは身を震わせて、ポロポロと涙を流した。
「酷いですぅ……なんでこんなことするんですかぁ……」
「ッ……アイシャ嬢!」
プルプルと震えるわたしを見て、観客の剣士たちはざわつきだした。
『お、おい、相手は女の子だぞ? そんな、本気でやることないだろ……』
『可哀想に……泣いてるぞ』
『見てらんねぇよ……』
そう、そうだ! もっと言ってやれ――!
わたしは周囲の声に聞き耳を立てながら、アロンゾを涙目で見上げた。
アロンゾはわたしへのムカつきと困惑と、居心地の悪さで、ものすごく複雑な顔をしている。
「アイシャ嬢……何をしている! 立て! 戦え!!」
「足が痛くて立てませんっ……もうやめてぇ……助けてくださいませぇ……ふぇえ~ん」
大きく声を上げて泣くと、さらに周囲のどよめきが大きくなった。
見かねたのか、ビスト家当主がアロンゾへと声をかけた。
「アロンゾ、もうやめろ! これ以上恥を晒すことは許さん!!」
「クッ……父上! もう少しだけお時間を!」
当主の声に焦ったのか、アロンゾは座り込む私のドレスの衿元を掴んで、無理やり立たせてきた。
「アイシャ嬢! なぜ戦わないのだッ!!」
「キャッ……お許しくださいませぇ……!」
か弱い女子に殴りかからんばかりのアロンゾを見て、ついに当主が動いた。当主がこちらへ歩み来るのを見て、アロンゾは追い詰められた獣のような顔で、わたしにボソリと言う。
「貴様ァ、本当にぶっ殺すぞ!」
「お命だけは、どうかお助けぇ~」
「猫被って、無抵抗を貫くつもりか……じゃあ、これならどうだ?」
アロンゾはわたしの耳元で低い小声をこぼすと、掴んだわたしのドレスをグッと体に引き寄せた。
「抵抗できないか弱い女なら、悪戯し放題だよなぁ?」
「……へ……?」
アロンゾは意地悪く笑いながら、わたしの胸へと手を這わせ、乳を揉みしだいた。
もみ、もみ、もみ。
三度揉まれたが、わたしはポカンとしたまま、状況を理解できずにいた。
もみ。
四度目を揉まれた時、弾かれたように激烈な怒りが胸に満ち、全身の血が沸騰するのを感じた。
――その瞬間、パァンッ!! と、凄まじい音が、稽古場へと響き渡った。
わたしの右手が、アロンゾの頬をぶっ叩いたのだ。
強烈な平手打ちをくらったアロンゾは、鼻血を散らしながら横へと吹っ飛んで行った。
わたしは足元に落としたままになっていた自身の剣の柄を、ガッと踵で踏み込む。剣は鍔を支点にしてテコのように宙へと跳ね上がり、仁王立ちするわたしの右手が、それをキャッチした。
小柄な体に不釣り合いな大きさの両手剣を、片手でバターナイフのように軽く持ち、アロンゾへと歩み寄る。
地に転がったアロンゾが、座り込んだまま慌てた様子で剣を構える。わたしはそんな彼の剣身に、自身の剣を素早く振り下ろした。
ゴキャンッ、という重い金属音を響かせて、アロンゾの剣は派手に叩き砕かれた。
得物を破壊され、丸腰になって尻もちをつくアロンゾの股の間を目掛け、わたしはもう一度、剣を振り下ろす。
股のギリギリ手前の石床に、わたしの振るった剣は轟音を上げ、めり込むように突き刺さった。
一呼吸する間に起きた、一瞬の逆転劇。
土煙を上げる稽古場は、静寂に包まれた。
見物の剣士たちも、ビスト家の面々も、鼻血を流して色を失っているアロンゾも、一言も声を出せずに、ただただ眼前の光景に唖然とする。
その沈黙を破ったのは、冷や汗を流しながら愛想笑いをする、父の声だった。
「……ええと、あれが私の娘です。改めまして、戦神のアイシャです……」
父の言葉に、ビスト家当主は掠れた声を返した。
「……縁談の件ですが、もう少し細かいところまで、お話を進めましょうか……」
わたしはその言葉を聞いて、ハッと我に返る。ようやく血の沸騰が収まった頃には、もう何もかもが手遅れだった。
少しの間をおいて、止まっていた時間が動き出すように、場の空気が解けてきた。
観客となっていた剣士たちはザワザワと騒ぎ出し、父とビスト夫妻がなにやら立ち話を始めた。
アロンゾは鼻血を袖で拭いながら、わたしを見上げて生意気な笑みを浮かべた。
「や、やればできるじゃないか、アイシャ嬢」
「……」
わたしは言葉を返すのも嫌になり、彼の前から離れる。歩き去るわたしの背後で、アロンゾがブツブツと独り言をこぼしていた。
「ハハッ、やっぱり俺の目は確かだった……ざまぁ見ろ、父上め。戦神を娶って見返してやる……」
アロンゾの言葉は、余裕のないわたしの耳を素通りしていった。わたしは死人のような顔でフラフラと、稽古場の外を目指す。
(胸、触られた…………もうお嫁にいけない……)
いや、縁談が進んでしまったら、お嫁に行くことになってしまうのだけれど。当の、揉んだ本人の元に……
わたしは稽古場の外に出てしゃがみ込み、草の影でちょっと泣いた。
■
縁談の話は恐れていた通り、進んでしまうようだった。父はビスト家当主と応接室で、長々と喋り込んでいる。
わたしはアロンゾと和解および親睦を深めるため、という名目で、ビスト家の庭へと連れ出された。
二人きりで花園の小道を歩いていく。こんなに綺麗な場所なのに、これっぽっちも心が動かされない。
相手がスカイラだったなら、何もない路地ですら、夢のように素敵な場所へと変わってしまうというのに。
アロンゾはわたしの手を取り、エスコートしながら、一人で愉快そうにペラペラと喋っている。
この男はなんだか、上から目線で高慢ちきな男だ。前に、クルクルパーマのおばちゃんから聞いたことがある、こういう人のことを『俺様』というらしい。
ボロクソにやられた相手に対して、よくもまぁ、ふんぞり返っていられるなぁ、と思う。そのメンタルの強さだけは、褒めてやりたい。
わたしの姿を上から下まで、値踏みするように見まわしながら、アロンゾは言う。
「アイシャ嬢は髪が長いな。鎧を被る時に邪魔になるから、短く切っておけ」
「はぁ……」
どれだけ時間と手間をかけて、この長さまで伸ばしたと思っているのか。綺麗に伸ばすには、日々のお手入れが大変なんだぞ。
「耳飾りも邪魔だ。我が家の女は、装飾品で身を飾らない。飾りは勲章だけでいい」
「へぇ……」
勲章なんて全然可愛いと思えない。わたしはお花のモチーフが好きなのだ。今日の耳飾りだって、チェーンの先に宝石の花が揺れている。
「動きにくいドレスなんぞは論外だ。騎士服の採寸を早めにしておかねばな」
「ほぉ……」
その騎士服とやらに、レースとフリルと刺繍とビーズを盛っても良いでしょうか。
「俺の妻として相応しい格好をしろ」
「……」
わたしは、この男に相応しい格好ではなく、スカイラに素敵だと言ってもらえる格好をしたい。
願わくば、いつか白いベールとドレスを身にまとって、あの人の隣に立ちたいのだ。
「胸の大きさは申し分なかった。夜の方も、俺を大いに楽しませるように」
「殺しますよ」
わたしの殺意などおかまいなしに、アロンゾはまた、わたしの手へとキスを落とした。
……こいつ、メンタルだけは本当に強いな。




