桃から生まれなかった桃太郎~桃太郎殺害事件~
昔々、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。ある日、おばあさんが川に洗濯をしに行ったところ、上流から大きな桃が流れてきました。
「じゅるり。おいしそうな、大きな桃だねえ」
おばあさんはその自慢の怪力で、数十キロある桃を担ぎ上げると、家に持って帰りました。家には仕事をさぼって惰眠を貪っているおじいさんがいました。おじいさんを蹴って起こすと、おばあさんは言いました。
「おじいさん、川に桃が流れていましたよ。だから、拾ってきました」
「ほほう。でっかい桃じゃなあ。中に赤子でも入っていそうだ」
「あはは。そんなわけないじゃないですか。ありえない、ナンセンス」
おばあさんは人を解体できるほどの巨大な包丁を取り出すと、それで大きな桃を真っ二つに割りました。
「えいやっ」
すると、桃からおいしそうな果汁とともに、真っ赤な血がドバドバと溢れ出てきたではありませんか。
「あなや!」
おばあさんは思わず叫んでしまいました。
なんと、桃の中には赤子が入っていたのです。しかし、桃の中にまさか赤子が入っているとは、普通は思わないでしょう。
「お、おじいさん、どうしましょう……」
「埋めてしまおう」
これは事故だ、と自らに言い聞かせると、二人は庭に深さ三メートルの穴を掘って、血だらけの桃を埋めてしまいました。それから、桃のことをなかったことにして、二人は幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし――と思いきや、鬼ヶ島に住む鬼たちが、人間を食らいに本島へとやってきました。
桃から生まれるはずだった、そして桃太郎と名付けられるはずだった赤子を、おばあさんが殺してしまったことで、鬼を倒すはずだった桃太郎がいなくなり、未来が変わってしまったのです。
川から拾ってきた大きな桃を、丁寧にそっと切っていれば、桃太郎は死なずに済んだのでしょう。バタフライエフェクト。桃をどのように切るかで、その後の未来が大きく枝分かれするのです。
しかし、おばあさんを責めることはできません。常識的に考えれば、桃の中に赤子が入っているわけがないのですから。
おじいさんとおばあさんの住む家にも、鬼さんは笑顔でやってきました。そして、怯える二人をがしっと掴んで、もぐもぐむしゃむしゃ食べると、「まずいな」と一言感想をもらして去っていきました。
後にはおびただしい量の血が残され、家の中を赤く染めあげました。
鬼たちによって、人間は支配されました。人間は鬼の家畜となり、鬼を狩りつくしてくれる救世主が現れることを祈りながら、日々生活を送るのでした。
めでたくないめでたくない。