自分達が為すべき事
スクリーンに映し出された巨大なひな壇。
その馬鹿げた代物は、市民の憩いの場として有名な“ほのぼの公園”のまさに中心地に、まるで文字通り城のように聳え立っていた。
外見から判断するに、このひな壇の構造は五段で構成されているようだ。
サイズの大きさも相まってか、明らかに場には不釣り合いとしか言いようがない代物のはずなのに、その威容からは神々しささえ感じられるほどだったが――それすらもある者達によって、崩されようとしていた。
「なんだ、アイツ等は……ひな壇に、登ろうとしているのか?」
神気を纏っているかの如き巨大ひな壇には、現在四段目の部分にまで、人非ざる者達がぞろぞろと蠢き、互いに相手を踏み台にしてでも上の段に這い上がろうとしていた。
表面上がプルルン、とした質感を誇る魔物としか言いようのない姿をした謎の生物達や、ネクタイの形状をした拘束装置らしきものを装着した高性能の機械兵器。
特徴からして、コイツ等はまさか……?
そんな俺や他の皆の疑問に答えるように、天祐堂総司令がスクリーンを見ながら説明を行う。
「察した者もいるかもしれないが、現在このひな壇の頂上を目指して侵攻しているのは、“イビル・コンニャク”が自身の魔力から生み出したこんにゃく属性の魔物達や、“デスマリンチ”が量産した全自動のブラック思考型の機械兵どもだ。……これらの者達は、自身の陣営を真っ先にひな壇の頂上に到達させるために生み出された“尖兵”とでもいうべき存在である」
尖兵……?
コイツ等にマトモな知性があるのかは不明だが、総司令が“陣営”という言葉を使った事に違和感を覚える俺。
よくよくスクリーンを見て見ると、魔物と機械達はただ上を目指すだけでなく、相手を蹴落としたり、牽制では済まない明らかな害意を伴った攻撃を仕掛けたりと、明確な妨害行為を繰り広げていた。
菊池 カスミもその事に気づいたのか、驚いた表情を浮かべながら思った事を呟く。
「何これ……魔物も機械達も、どちらも今人間を滅ぼそうとしている仲間同士なんじゃないの……?」
そんな菊池の発言に対して、スクリーンをこれまでにない真剣な表情で見据えながら、森崎 ののかが意見を述べる。
「さっきも総司令さんが説明していたけど、要はこの“イビル・コンニャク”にせよ“デスマリンチ”にせよ、現在この地上に出現した三つの脅威っていうのは、
『もともとの人間や、その文明を滅ぼすという意味では目的が一致している』けど、
『その後に、世界をどういう形にしていきたいのか?』っていう方向性がかなり違っているから、この三大脅威は完全な仲間同士って訳じゃない
……って事でしょ?それで合ってるよね?」
軽そうな発言とは裏腹に、森崎の発言は的確かつ非常に分かりやすかった。
アルクラに関しては、引き起こされた現象からしてあまりにも意味がない、というかどういう意図があるのかは全く分からないが、イビル・コンニャクは穢れた存在のいない浄化された世界にしようとしており、デスマリンチは自身という存在をより発展させるためだけに、人間達を全て奴隷にしようと企んでいる。
人間社会を滅ぼそうとしている事で、この三大脅威を全て一括りにしていたが、よくよく考えてみれば確かにコイツ等自体はその在り方からして敵対していてもおかしくはないのか……。
彼女の言葉をようやく理解し始めた様子の俺達に満足そうに頷きながら、森崎が再度真剣な表情で天祐堂指令を見つめる。
「アタシが気になるのは、まだコイツ等の目的が一致している『人間や文明社会の崩壊』が終わっていないにも関わらず、なんでその手下達が仲間割れをしてまで、このひな壇の上を目指し続けるのか――っていうか、結局はこのサイズヤバすぎなひな壇は何のためにここに出現したのか、っていうのを知りたいワケ!」
射貫くような森崎の視線。
それに観念した訳ではないだろうが、深く息を吐いてから、総司令が彼女の問いに対して答えを返す。
「……このひな壇は、お前達に発現した“トリニティ因子”同様に、この世界そのものの秩序が乱れた三月三日のみに自然的にこの地上に顕現するとされる特級の祭壇であり――我々人類にとっての最後の希望である」
「最後の、希望……?」
総司令曰く、この巨大ひな壇はこの星そのものの魔力が凝縮して形になったような、とてつもない代物であるらしい。
この祭壇の頂上に到達した者は、この世界の在り方そのものを書き換えるという、まさに奇跡のような所業を可能にする……とさえ言われている。
総司令は、重々しく言葉を続ける。
「現在この地上を崩壊に導かんとする脅威存在どもは、現在我が国が誇る検非違使・転移英雄・自衛隊をはじめとする戦力によって足止めをされており、移動する事が困難な状態となっている。――ゆえに奴等は、自身が生み出した配下の者達をこのひな壇へと送り込み、“三位一体”による合一を果たすまでに消耗を回復させるほどの魔力の確保、ならびに合一した際の主導権を握るための競争を繰り広げている……という訳だ」
「なんや、それ!総司令はんはたった今、このひな壇こそが人類の希望だ~!みたいな事を言うとったくせに、それどころかアイツ等にいいようにされとるだけやないか!?人類の底意地を見せたらんかいッ!!」
そんな尾田山の憤慨だか激励だかを、軽く受け流す天祐堂総司令。
「来歴も指向性も全く異なる上に、人知の及ばぬ猛威を振るうあれらの脅威存在は、“三位一体”という概念のもとこの世界へと顕現を果たした。……その効果は、合一を果たしていない現状においても既にある程度発動しており、三体の脅威がこの地上にいる限り、現代の最新科学兵器を用いても奴等には傷一つつける事は出来ず、足止めが関の山である」
……ッ!?
合一を果たせば、究極の存在になって誰にも打つ手がなくなるっていうのに、バラバラで動いているはずの今の段階ですら、奴等への攻撃が全く効かない……だって!?
そんなの……完全に打つ手がないじゃないか!
――だが、それでも希望はあると言わんばかりに、総司令は俺達に鋭い視線を向けながら、力強く告げる。
「――このような絶望的な状況下だからこそ、お前達“トリニティ因子”適合者の力が必要なのだ」
「俺達が、必要……ですか?」
そんな俺の問いかけに、無言のまま総司令が頷く。
「……人間側であのひな壇の頂上の席に座する権利があるのは、野村と菊池のような男雛・女雛から成る“内裏雛”の位階に目覚めた“トリニティ因子”の持ち主と宿命づけられている」
そして、今度は「ゆえに」と意思を込めて言葉を続ける。
「お前達が為すべきことは、各位階の能力に覚醒した者達の力でひな壇を昇るサポートをしながら、“内裏雛”の適合者である野村と菊池を最上階にまで送り届けよ。――そして両名は、なんとしてでも最上階の席へと至り、この破滅が差し迫った現行世界を、もとの状態へと修復せよ……!!」
俺と菊池が内裏雛の席に座ることによって、今のこの悲惨な世界の状況を書き換える――。
天祐堂総司令の言葉とともに告げられた、俺達の使命のあまりの重さにようやく気付き、俺はただひたすらに圧倒されていた。
――出来るのか、そんな事が?
――いや、それでも俺達がやらなきゃならないんだ……!!
そう決意したのと同時に、総司令にその意思を応えようとした――そのときだった。
「……ですが、天祐堂総司令。貴方達『糺』という組織の人達は、これらの脅威やひな壇、そして“トリニティ因子”の情報をどこで知ったのですか?……これほどの世界全土を巻き込むほどの脅威が姿を現したのは有史以来初であり、“アルクラ”に至っては、まだ出現してから半日しか経過していないにも関わらず、『それから先も、半日ごとに同じ現象が地上で繰り返されていく』などと、知りようがないはずの事を“知識”として語っておられる。……その情報の出所は一体、どこなんですか?」
そのような疑問の声を上げたのは、これまで総司令による説明が始まってから、全く口を開いてこなかった爽やかイケメンの鰹陀 新太郎だった。
俺達と最初にやり取りした時同様に表面上は爽やかな笑みを浮かべている鰹陀だが……心なしか、隠し切れない険しさがあるように思えた。
だけど、よくよく思い返してみれば確かに、この文明崩壊レベルの大異変が起きてから調査するような時間なんてロクになかったはずなのに、総司令による脅威達の説明はあまりにも詳しすぎた。
伝聞調だったが……その“誰か”の情報をもとに、総司令はこれらの存在を知ったのだろうか?
鰹陀の疑念に対して、総司令は全く動じることなく真っ向から答える。
「……お前達がその事に疑問を無理に思うのも無理はない。だが、我々人類には“トリニティ因子”や“巨大ひな壇”同様に、まだ“叡智”という側面からの切り札があるという事だ……」
「ッ!?なんやて!エ、エ、エッチやてぇ~~~!?こりゃ、たまりませんわ!」
尾田山の発言を無視する形で、天祐堂総司令が再度リモコンを操作する。
――そこに映し出されたのは、強化ガラスらしきものの中で厳重に保管されている、真紅の如き色をした分厚い本だった。
「これは、人為らざる領域に存在するとされている叡智の結晶、究極の魔導書と称される『赤き教典』という存在である。……この魔導書には、現代社会に生きる我々人類には知りえない三大脅威やトリニティ因子について記載されていたのだ。――そして、この『赤き教典』に書かれていた文字を解読したのが、そこにいる魔導研究顧問の玖磨臥崎 ゆかり氏である」
総司令の紹介を受けたゆかりさんが、俺達に向かって小声で「どうもでーす」とうっすらとした笑みを浮かべながら、ひらひらと右手を振ってアピールしてくる。
年上だし優秀かつ偉い人であることは間違いないんだろうけど……。
今は明らかに反応する場面じゃないので、少しだけ会釈して再度総司令の方に顔を向ける俺。
そんな俺達の顔を再度見渡しながら、天祐堂総司令が雄々しく告げる――!!
「確かに人類はこれまでに遭遇した事のない未知の脅威に直面している。……だが、我々にはこの地球そのものの力が結集した“ひな壇”と、あらゆる叡智が記されていると言っても過言ではない“赤き教典、そして、奴等に立ち向かうための“トリニティ因子”に覚醒したお前達が揃っているッ!
“イビル・コンニャク”による、如何なる過ちや穢れは存在する事も許さない浄化、
“デスマリンチ”による、明日なき隷属と搾取、
――そして、“アルクラ”による永劫に続く狂気!!
これらを良しとせず、かつての平穏と見果てぬ未来を望むなら!!……お前達の力と意思で、奴等よりも先に!――前人未到の領域であるひな壇の最上階へと到達せよッ!!」