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黄金の繁栄を約束する者

『ハハッ、確かにそうかもしれないね!けどさ、野村君。もしかしたら……その“抑止力”という存在は既に、この世界に出現しているのかもしれないよ?』


 鰹陀の部屋で相談していた時に、奴が冗談交じりで口にした"最後の抑止力”という存在。


 それが、既に『最悪の形で俺達の世界に顕現していた』と、コイツはあの時から全てを知った上で、素知らぬ仕草でそう告げていたのか……!?


 ――人々を強制的に狂戦士へと変貌させる認識汚染現象:"アルクラ”。


 それが、この世界が人類を守るために顕現させた"最後の抑止力”……!?


 立て続けにもたらされる情報を前に、思考が破裂しそうになる中、それでも俺は必死に声を上げる。


「"アルクラ”が抑止力……!?そんなわけないだろッ!!ここまで世界を無茶苦茶にしているような奴が、どうして俺達を守る"最後の抑止力”なんて言えるんだよ!?」


 ここに来て、未だに自分の"内裏雛”としての能力を覚醒させる事も出来ていない俺に対して、圧倒的な強さを持つ鰹陀が嘘をつく必要など微塵もない事くらいは分かっている。


 だが、それでも――いくら何でも、この世界で俺達人類に残された僅かな希望の形が、"認識汚染現象”という災厄としか言いようがない存在だなんて……到底信じたくはなかった。


 だが、そんな俺の願いもむなしく――鰹陀は一切のごまかしもなく、残酷なまでに事実だけを列挙していく。


「……野村君、君が僕に森崎さんから仕入れた情報を教えてくれた時の事を覚えているかな?あのとき彼女が、天祐堂総司令の部屋から盗み出した資料に書かれていたアルクラの情報の事だよ」


 森崎から教えられた"アルクラ”の情報……。


 "赤き教典”という人知を超えた魔導書を通じて、記されたというその資料には、確かこう書かれていたはずだ――。




――第一段階、原因不明のまま、世界の人口の半分近くが理性を失うが、それらは全て半日経過すれば完全に効果がなくなる。この間、正気を失った者達は近くの人工的な建物などを手当たり次第に破壊するようになり、自分達に危害を加えてくる場合は、それを行った人間にも反撃してくる。



――第二段階、7日目で眷属と化した者達の大幅な身体能力の上昇、まれに肉体そのものの変質。これらの影響は、半日が経過して理性が戻ったとしても、そのまま変わらずに残り続ける。



――第三段階、14日目でアルクラの“眷属”と化した際にも、はっきりとした知性を獲得する。だがそれは、元の人格とは大きく異なっているうえに、その人物が本来生活してきた既存の社会の価値観から大きく逸脱した物理法則・社会通念を当然のものとして認識しており、その世界の如何なる時代・地域においても存在しないはずの不可解な言語を話し始めるようになる。


この効果は半日が経過して元の人格に戻っても、本人の中では“知識”として鮮明に残り続ける。この段階に至った人物は、眷属化していない時以外、常に意識が混濁するような状況に曝され続けることとなる。



――第四段階、21日目で眷属化した際に、“異能”や“魔術”としか形容出来ない能力を発現し、それを使用出来るようになる。この効果は元に戻ったあとも僅かながら残り、数日を経て眷属化した時と変わらない習熟度でそれらの能力を行使出来るようになる。


この段階になると、元の人格はほとんど見られず、眷属化した時との区別が全くつかなくなる。



――第五段階、アルクラが発生してから約一か月後で、眷属化した人間だけでなく、周囲の動植物までもが生態系の進化の過程から大幅に逸脱した姿に変貌し、第四段階の眷属同様に特異な能力を使用したり、性質を持った種類や個体の者が出現し始める。また、物理法則も既存の在り方とは概念レベルで異なるものになっており、さらには元の世界でそれまで使用されていた文字や言語は、この段階で生きている者には一切認識出来なくなる。





 ……ここまで思い出してみても、"アルクラ”が到底この世界を守護する存在とは到底思えない。


 むしろ、"イビル・コンニャク”や"デスマリンチ”と変わらない脅威だという認識が増すばかりだ。


 にも関わらず、鰹陀はそんな俺の考えすら"否”だと告げる。


「人類そのものを、この世界を蝕む悪玉コレステロールとして浄化する危険性のある異界の魔王:"イビル・コンニャク”、並びに全ての人間を死ぬまで搾取し続けるシステムを構築しようと目論む暴走したブラック企業:"デスマリンチ”。……これらの圧倒的な脅威に対して、ハンパな戦力を"抑止力”として呼び出したところで蹂躙されるだけになるのは火を見るよりも明らか。けれど、これらを物理的に排除するような破壊力を持った存在を間違って呼び出すようなことになれば、例え脅威をこの世界から取り除いたところで文明を再構築する事が不可能な傷跡をこの世界に刻みつけることになる」


 確かにそんなことになってしまえば、"最後の抑止力”として呼び出された存在が三大脅威をこの世界から退ける事に成功出来たとしても、人間が生きていく事が不可能な環境になってしまう事は避けられない……。


 そこまで思考してから、俺はようやく鰹陀の説明の意図を理解する。


「……ッ!?だから、"アルクラ”なのか……!?」


 そんな驚愕する俺に対して、鰹陀がゆっくりと頷く。


「そうだよ。"イビル・コンニャク”や"デスマリンチ”のようなとてつもない脅威存在の力を持ってしても、容易に破壊や排除する事が出来ず、それでいてそれらの存在や眷属達が、この巨大ひな壇に到達出来ないように、現地の生物である大多数の人間を大幅に強化(・・)させる事で戦力として阻む事が出来る権能を持ったモノ。――例え、既存の文明が跡形もなく消え去ったとしても、絶対に人間だけは(・・・・・・・・)存続させる(・・・・・)というこの世界の意思のもと、"最後の抑止力”として呼び出されたのが、"認識汚染現象:アルクラ”という存在なのさ」





 ――確かに、最終段階にまで影響が進んでしまえば、それまで俺達が暮らしてきた常識は全て覆され、それを"異常”と認識する事すら出来ないままに、塗りつぶされた世界に放り込まれることになるだろう。


 ……けれど、全ての価値観が変わってしまったとしても、その未来ならば確かに魔王やブラック企業の脅威に脅かされることなく、"人”としての日常を続けていく事は出来るのかもしれない――。


 ここに来てようやく俺は、『"アルクラ”が紛れもなく"人間”という種の守護者として呼び出された"最後の抑止力”である』と理解する。


 ――そして、それ以上に、『今ある文明社会を全て失ってでも、"アルクラ”の力がなければ抑える事が出来ない存在』と、この世界の意思に認識された"三大脅威”の一角が目の前にいる鰹陀コイツであるという絶望的な事実に帰結する――!!


 そんな俺の感情に呼応するかのように、鰹陀 慎太郎という眼前の男が――"トリニティ”因子に覚醒した"仲間”としてではなく、恐るべき"三大脅威”の一角として高らかに名乗りを上げる。





「異界から降臨した全てを無に帰す廃滅の化身――"歓喜に震える魔王の舌(イビル・コンニャク)


コントロール不能のブラック企業――"労基を阻む漆黒の檻(デスマリンチ)


……そして、"トリニティ”能力者でありながら、"三大脅威”に選ばれた存在。――それがこの僕、鰹陀 慎太郎こと"黄金の繁栄を(カツドゥーン)確約する者(・オーダー)”だ……!!」





「……ッ!?――"黄金の繁栄を(カツドゥーン)確約する者(・オーダー)”、だって……!?」


 それまでの人間社会との決別を宣言した、"三大脅威”としての名乗り。


 それを前にしながら俺は、”鰹陀(かつおだ)”という名前にも関わらず、カツ丼を注文しそうな重厚な響きを前に、ただひたすら戦慄するしかなかった――。

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― 新着の感想 ―
[良い点] な、な、なんだってえええ!!?? ……と、驚くと同時に「な、なるほど……ッ!」と納得させられるボンクラは、既にしてアカテン師の権能によって認識を汚染されているのやも知れませぬ。 でもっ…
[一言] カツドゥーンはズルいwwwww こんなの笑うでしょwwwww
[一言] カツドゥーンですと……。 ここまでシリアスに進めてきて、カツドゥーンですと。
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