災厄の原因と能力の謎
俺がゆかりさんの勧誘を了承してからすぐに、彼女が手配してくれていたと思しき救助隊が店内に入り込んできた。
楽観視する事は出来ないが、これで親父の方は何とか助かるだろう。
春恵の方も無事なのかしっかりとこの目で確認したかったのだが、「時間に余裕がない」との事でゆかりさんに急かされた俺は、彼女に促されるままリムジンに乗り込み、特務機関:『糺』の本部へと向かうことになった。
目的地に向かうがてら、ゆかりさんは俺に対して、現在この地上で起きている災禍の正体や、俺の身体に起きている異変の原因を断片的ながら教えてくれた。
「現在この世界を襲っているとされる三つの恐るべき災禍、
――現代人の淀んだ感情を取り込んで復活を遂げた、異世界の悪しき大魔王:イビル・コンニャク。
――人間を奴隷にするために社会に反旗を翻した、コントロール不能のブラック企業:デスマリンチ。
――そして、常に世界の半数の人間の価値観を強制的に塗り替え続け、人々に終わりなき不和と諍いをもたらすとされる認識汚染現象:アルクラ。
これらの存在はすべて、異なる出自と属性でありながらも、ほぼ同時に出現――アルクラはそう言って良いのかは分からないけれど――とにかくその脅威を持って私達の文明を脅かしているのは、決して偶然なんかじゃないの」
「……確かに、いくら何でもこんなとてつもないのが立て続けに、単なる気まぐれや偶然で俺達を襲っているわけなんかじゃないってのは、たった半日であれ誰しもが感じ取っている事だと思いますよ。でも、だったら原因は何なんです?コイツ等が活性化したのは、黒幕みたいな奴が裏で糸でも引いてるんですか?」
矢継ぎ早に放つ俺の質問に対しても、ゆかりさんは動じることなく静かに首を横に振りながら、余裕の笑みすら浮かべながら、逆に俺に問いかけてくる。
「正剛君、今が令和何年の何月何日なのか、答えられますか?」
あまりにも脈絡のないゆかりさんからの質問。
それに対して、俺は内心で戸惑いながらも淀みなく答える。
「今は令和三年三月三日ですが……ッ!?まさか、ゆかりさん!こんなあまりにも馬鹿げた事が、この状況の原因だって言うんですか!?」
自身で口にしているうちに、脳裏に浮かんできたあまりにも……原因とも呼べぬようなくだらぬ妄想の類。
にも関わらず、ゆかりさんは『それこそが答え』だと言わんばかりに、首を縦にして頷く。
「そう、今日はあまりにも綺麗かつ完璧なほどに“三”という数字が揃い過ぎている。――その誰のせいでもない、歴史の必然の流れが、文明社会に仇為す三種の脅威をこの世界に招き寄せたのよ」
そんな、馬鹿な……!?
ヒュッ、と喉の奥から変な息が出かかりながらも、そんな話は信じられないと、絞り出すように反論を吐き出す。
「だったら、令和一年の一月一日とか二年の二月二日は、なんでこんな異変が何も起きなかったんですか!?それに年号だって、今まで平成や昭和と年号が変わってきても、三月三日にこんな文明崩壊レベルの災害が起きた事なんてないんでしょう!?……だったら、ゆかりさんの言ってる事は、明らかにおかしいじゃないか!!」
だが、そんな俺の反論すら想定の範囲内だと言わんばかりに、ゆかりさんは淀みなく答える。
「この災禍の化身達を招き寄せたのは、ただ単に数字がゾロ目の日だったから……という訳じゃないの。三にちなんだ“完全さ”を現す概念。――それこそが“三位一体”」
「三位一体……?三という数字にはそういう特別な意味合いがあるからって、それが、この状況とどう繋がるんだよ……?」
「あれらの三大脅威は、他の二つの存在を自身の中に取り込み一つになることによって、全てを超越した完全なる存在へと進化するのではないか、と言われています」
そこまで述べてから、これまでとは異なる様子で神妙な顔つきをしながら、「ここからはあくまで私個人の考察になるのですが……」という前置きとともに、ゆかりさんが再度語り始めていく。
「“この世界そのものの意思”とでもいうべきものが、“昭和”や“平成”という時代まではまだ人間の成熟を見守っていたものの、いつまで経っても不完全なままのヒトという存在に見切りをつけた結果、旧き人の世を滅ぼし尽くし、ヒトを超えた新しく完璧な存在を生み出そうとしたのが、今回のこの災禍の原因なのではないか……と私は思うのです」
俺達が生きるこの現代社会を滅ぼそうとしているのが、今猛威を振るっている三種の脅威だけじゃなく、奴等を招き寄せたり覚醒させたこの世界そのものの意思……?
先ほどまで自宅のラーメン屋でリンチされた挙句に、大量のこんにゃくを口に詰め込まれただけの俺が関わることが場違いに思えるような、あまりにもスケールが大きすぎる話題を前に、意識が途切れそうになる。
それでも、さっき受けた屈辱を思い出す事によって、自身の感情を奮い立たせた俺は、今の話を聞いて脳裏に浮かんだ疑問をそのままゆかりさんへとぶつける。
「世界そのものの意思とか、人類を超えた完全なる存在とか、一介の未成年に過ぎない俺にはあまりにもついていけないレベルの話なんですが……その話が、俺とどう関係してくるんですか?」
「フフフッ……突然の話で戸惑うのもよく分かるけど、そう悲観しなくても希望はちゃんと人類にも残されているのよ?――その一つが、貴方の手の甲に浮かび上がった、“トリニティ因子”の適合者である証なの……!!」
“トリニティ因子”。
先ほど店でゆかりさんが口にしていた、意味不明の単語か。
流石に隠そうともしないそんな俺の苛立ちが伝わったのか、苦笑を浮かべながらゆかりさんが説明する。
「“トリニティ因子”というのは、既存の物理法則が崩れ、子供たちの未来が閉ざされそうになっている状況下、かつ三月三日のみに全国の未成年の中から、無作為に発現すると言われている因子なの。原因や選出方法については、三大脅威同様にまだはっきりと解明されてはいないのだけれど……いずれにせよ、その因子を宿した子供達のみが、既知の科学兵器すら全く受け付けないあれらの脅威に立ち向かう事が出来る唯一の手段と言えるのよ?」
ゆかりさん曰く、“トリニティ因子”に目覚めた少年少女達は、俺のように右手に模様が出るようになるらしい。
“トリニティ因子”には、大まかに五種類の位階が存在するらしく、上から
・内裏雛
・官女
・五人囃子
・随身
・仕丁
となっており、雛人形と同数の未成年がこれらの内のどれかの能力に目覚める。
その位階の能力が発現したら、それ以降は固定化されて他の位階の能力に変質する事はないらしい。(例えば、随身がどれほど能力を鍛え上げたところで、五人囃子や内裏雛になることはないし、その逆である仕丁になることもない……といった感じである)
ゆかりさんの話が本当なら、俺は最高位とされる内裏雛のお内裏様だから、とても凄いはずなんだが……。
手が光っただけで、こんにゃくを持っただけのチンピラみたいな奴等にボコられてだけだから、どうにも実感がわかない。
この“トリニティ因子”とやらをどう使用すれば、あんなとんでもない奴等に勝つことが出来るっていうんだ……?
能力の仕様方法について、ゆかりさんに訊ねようとしたそのとき、車が緩やかに減速していったかと思うと、とうとう静かに停止した。
どうやら、件の特務機関:『糺』の本部とやらに到着したらしい。
話はあとにして、リムジンから降りた俺はゆかりさんに促されるまま、本部の建物の中に足を踏み入れる――。