海老に込められた願い
――トリニティ能力者に支給された、三月三日の雛祭り限定で最大限の効果が発揮される術式が込められた三つの魔導具。
一つは、『将来を遠くまで見渡せるように』という願いのもと、望遠鏡のように遠いところを観測する事が出来るレンコン。
一つは、『まめに働けますように』という願いのもと、口にした者がそれを実行しようとしたときに、身体能力を強化する事が出来る豆。
――そして、最後の一つである『腰が曲がるくらいにまで、長生き出来ますように』という願いが込められた海老。
それは、実体のあるモノではなく、各自のスマホに送信されたデータであった。
横向きにされた状態で起動した森崎のスマホ画面。
そこにデカデカと、腰が曲がっても元気いっぱいな力強さを感じさせるシャコの180連画像が一気に表示されていく――!!
――高速かつ強烈なパンチの一撃で、堅牢堅固たる貝の殻すら粉砕してみせるシャコ。
凄まじい威力のあまり水中で泡が発生するほどのその鮮烈な在り方は、まさに『腰が曲がるくらいにまで、長生き出来ますように』という願いの術式を極限にまで体現した存在……と言っても、なんらおかしくはないだろう。
現にこの画像を見せつけられた機械兵達は、シャコが放つ拳の凄まじさを目の当たりにして衝撃を受け、誤作動を引き起こしていた。
『――ッ!?』
完全停止、とまではいかなくとも、先程正剛に挑みかかった森崎の如く、機械兵達は目に見えて動きが悪くなっている。
ならば――この画像をこの場で機械兵達に見せ続けていれば、足止めくらいは出来るはず。
そして、その間に正剛達が本作戦を成功する事が出来れば、自分も両親のもとへと無事に帰還する事も夢じゃない――!!
諦めかけていたはずの生還への希望を見出した森崎は、自身の奥底から絞り出すように叫びながら、シャコの画像を繰り出していく――!!
「アタシは!お父ちゃんやお母ちゃんに恩返ししたり、タケマサやカスミン達にちゃんと罪滅ぼしするためにも!こんなところで死ねないんだ!!――例え、誰かにどれだけ否定されたって、アタシはこのシャコみたいに腰が曲がっておばあちゃんになるまで!……絶対、長生きしてやるんだぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
そんな森崎の意思が込められたかのように、画面の中のシャコはとうとう水槽のガラスにまでヒビを入れる強烈なパンチを放っていた。
『――ッ!?』
それを見て、さらに慄く機械兵達。
――この勢いなら、本当にイケる……!!
森崎が、そのように勝利を確信した――その瞬間だった。
――シュルル……!!
……後方から、何かが這い寄るような音が聞こえてくる。
悪寒を感じた森崎の首筋を、冷たい汗がツツ……と流れていく。
それでも彼女は、スマホの画面を機械兵達に向けながら、音のした方へと振り向く――!!
モゾモゾ、と蠢いていたのは、全長で自身の背丈を超えているであろう大きな糸こんにゃく型の魔物であった。
どうやらこの個体も森崎のポールダンスを見れなかったのか、能力による魅了を免れていたらしく、彼女が機械兵達に気を取られているうちに、背後から忍び寄ってきていた……と見て間違いない。
切羽詰まっていた状況とはいえ、ここまで敵の接近を許してしまった事に、不覚の声を上げようとする森崎。
だがそれよりも先に、魔物から解けた糸こんにゃくが幾筋も、スルスルと彼女の方へと伸びていく――!!
「……ッ!?ンググ……!?」
あっという間に向かってきた糸こんにゃくが、森崎の全身に絡みついたり、口内を蹂躙し始める。
魔物の不意打ちによる拘束によって、身動きどころか悲鳴を上げる事すら出来なくなった森崎。
当然両手も例外ではなく、現在彼女が持つ唯一の抵抗の証であるスマホは、身体をまさぐっていた糸こんにゃくによって、乱暴に払いのけられてしまった。
成す術もなくなった少女のもとに、今度は前方から機械兵達が、ジリジリ……とにじり寄ってくる。
「――ッ!?……ン~~~~~~~~~~~ッ!!」
必死に身体を揺らして拘束から逃れようとするが、魔王の眷属だけあってか、糸こんにゃくはちぎれることなく少女の肢体を強く締め上げていく。
もう既に隠れる必要がないと言わんばかりに、搭載したステルス機能を使うことなく堂々とゆったりとした足取りで前方から近づいてくる機械兵達と、恥辱を与える事を愉しむかのように、後方から全身を締め上げてくる糸こんにゃくの魔物。
そんな絶望的な状況を前に、森崎は心の中でポツリ、と呟く。
(――ゴメンね、お父ちゃん、お母ちゃん。……アタシ、必死に頑張ってみたけど、やっぱり無事にみんなのもとには帰れそうにないや……)
けどね、と森崎は胸中で続ける。
(最後に、この赤ふんどしに相応しい行動が出来たと思うんだ。……だから、これで良いよね?アタシ、もう、十分頑張ったよね……?)
群がってくるこれらの異形達によって、おぞましい目に遭わされる未来を想像した森崎の瞳から一筋の涙が流れていき、やがてゆっくりと意思の光を失っていく……。
――心を無にして自我を完全に手放そうとしたその刹那。
失意の只中にある少女は、自分の方に向けて飛来してくる影のようなものを、視界の片隅に捉えていた――。




