宵闇に赤褌を靡かせる牝豹
野村 正剛と菊池 カスミが先へと向かいながら、最後に森崎 ののかの方へと声をかける。
それに対して彼女は、苦笑交じりに――けれど、どことなく喜色を隠し切れない表情でポツリとその返答を口にする。
「――タケマサやカスミンには大見得切っちゃったけど、能力も満足に使えない今のアタシで、コイツ等をどうにかする事なんて出来るはずないじゃん。……なのに、『先で待ってる』とか言われても、そんなもん最初から無理だっての……」
こんなものは、考えるまでもなく最初から無謀な作戦である事は、彼女自身が一番よく理解していた。
現にこうして機械兵達を前にしている自身の足元が、恐怖で震えてしまっている。
それでも――と、彼女は正面を見据えながら呟く。
「これはアタシ自身が決めた事だし――何より、『ありがとう』って言われた以上は、絶対にそれに応えないと、女がすたるってもんだっしょい……!!」
その発言とともに、森崎は一気に後方へと駆け出す――!!
言葉とは裏腹に、機械兵を惹きつけるのを諦めて逃げるつもりなのだろうか?
現に相手側もそう判断したのか、追い詰めようと一斉に森崎の方へと殺到していく。
――だが、ここまで悲壮な決意をした森崎 ののか という少女が、こんなところで言葉を違えるような行為に走る事などありえない。
当然の如く、彼女の狙いは別のところにあった。
「……ッ!?よっしゃ!これなら、なんとか届く――!!」
彼女が手を伸ばした先。
そこにあったのは、ポールダンスをする際に脱いだ自身の衣服と、“糺”から自分達へと支給された魔導具などが入っているリュックであった。
彼女は物凄い勢いでリュックを掴むと、しゃがみながら目当てのモノを取り出そうと必死に中を覗き込む――!!
「アレさえ見つければ、この場だけなら何とか出来るかもしれない!!早く、取り出さないと……!!」
豆の効果による身体能力強化もあってか、機械兵達は森崎の脚力にはついてこれず、まだ追いつくまでには少しばかりの猶予がある。
行動を起こすなら、まさに今しかない――!!
……にも関わらず、森崎はカバンの中を探っているうちに、動きを止めてしまっていた。
「これは……」
驚きや怒りとも異なる、懐かしむかのような表情を浮かべる森崎。
動きを止めたのは、ほんのわずかな事だった。
だが、それはこの状況下ではあまりにも致命的な数秒であった。
突如、彼女の足元を冷たい無機質なものが掴んでいた。
言うまでもなくそれは、森崎のもとまで追いついた機械兵の一体だった。
あとから続くように、他の個体達も彼女のもとへと殺到してくる――!!
「――ッ!!……こんなところで、諦めてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
裂帛の気合いを込めて叫びながら、森崎が渾身の脚力で自身の足を握っていた機械兵の腕を踏み潰す勢いで激しく蹴りまくる。
強化された蹴りによるダメージが多少はあったのか、機械兵が瞬間的に掴んでいた腕を離した。
……だが、それは森崎も同様に、彼女も硬質な機械兵のボディを本気で蹴り上げたことによって、彼女の右足はこの場では走るのが困難なほどの負傷を受けてしまっていた。
これではもう、森崎が自力で逃げるのはほぼ不可能である。
だがそんな絶望的な状況を前にしても、彼女の瞳から光が失われることはなかった。
それどころか、何を考えたのか彼女は突如自身のショーツに手をかけると、それを瞬時に脱ぎ去りながら、眼前の機械兵達へと投げつける――!!
「――ほら、リアルJKの生の脱ぎたてパンツだよ!!プレミア間違いなしの代物、おひとり様限り!……泣いても笑っても、これが最後の一枚だァッ!!」
これを入手することで、彼らが激務の合間の束の間の鑑賞用として使用するのか、それとも、薄給を補うための小遣い稼ぎのためにネットで高額転売するつもりなのかは分からない。
だが、機械兵達は森崎の狙い通りに、一枚のショーツを巡って小競り合いを始めていた。
とはいえ、ポールダンスで魅了された者達ほどの劇的な効果ではなく、同士討ちを狙えるほどではない。
だが、今の森崎にはそれで十分であった。
あられもない姿になった彼女は、すぐさま手に持ったものを天高く掲げるように、勢いよく取り出す――!!
「ショーツなんて、いくらでもくれてやる!!……アタシにとって、これが本当の“勝負下着”だッッ!!!!」
森崎が取り出したもの。
それは、風をなびかせながら揺れる、赤いふんどしであった。
これは、森崎が“糺”主導によるこの作戦に参加する事を決めたときに、彼女の両親が
『どんなに危険な状況でも、この赤いふんどしを身に着けておけば、幸運のご利益がののかを守ってくれるに違いない』
と、送り出す間際に御守りとしてくれたものだった。
だが、“テンプレッド・カンパニー”に脅迫されて裏切る事を決めた森崎は、
『自身という卑劣な人間が、そんな両親の願いが込められているこの赤いふんどしを身に着ける資格はない』
という罪悪感に苛まれ、作戦決行の段階になっても、このふんどしを身に着ける事が出来ず、リュックの中にしまい込むだけの形となっていたのだ。
だが、それでも、再び仲間のために立ち上がる事を決意した森崎は、そんな自身の在り方を示すかのようにキュッと、ふんどしを締める。
この赤いふんどしは、現在彼女が起死回生の一手として探していた代物ではなかったが――それでも今は、単なる幸運の御守り以上に、自身と両親の確かな絆の証として、挫けかけていた彼女の心を強く繋ぎとめていた。
「――見ていて、お父ちゃん、お母ちゃん。……アタシは、絶対に生きて帰るから……ッ!!」
そう言いながら、彼女はリュックの中からもう一つの道具を取り出す――!!
『――ッ!!』
異変を察知したのか、それまでショーツの取り合いをしていた機械兵達が小競り合いをやめて、一斉に森崎の方へと振り返る。
機械兵達が視線を向ける先。
そこにいたのは、赤いふんどしをなびかせながら、スマホの画面を機械兵達に向けて睨みつけてくる森崎の姿であった――。




