決別
“テンプレッド・カンパニー”が森崎に要求したのは、“糺”による三大脅威討伐作戦を邪魔するために、その要である俺と菊池を始末すること。
当然、まっとうな人間を目指してこれまで努力を続けてきた森崎が了承するはずもなかったが、軍事企業はそんな彼女に対して
『言う事を聞かなければ、大企業としてのあらゆる手段を用いて、森崎の両親が経営しているふんどし製造工業を潰す』
と、婉曲な表現でそのように脅迫してきたのだ。
……なるほど、それで合点がいった。
この作戦の前に、森崎が顔面蒼白になりながら電話していたのは、“テンプレッド・カンパニー”の奴に脅迫されていたからなのか……!!
「……ウチの会社の経営が好調とはいえ、流石に“テンプレッド・カンパニー”みたいな世界的大企業に狙われたらひとたまりもない。そのことを確認するために両親にも慌てて連絡したけど……普段はあんなに明るい父さん達が、ただひたすらアタシに対して泣きじゃくりながら『すまない……すまない!』って、繰り返してたんだ」
そこまで聞きながら、俺は“糺”の拠点で森崎が口にしていた内容を思い出す。
“イビル・コンニャク”の美容効果で自分達が少しでも長く綺麗であり続けることを願っている芸能人や上流階級のセレブ達、“デスマリンチ”から多額の献金がもらえる経団連や天下りした官僚連中……そして、そんな三大脅威の力を軍事転用する事を目論む軍需産業が、この作戦を主導した“糺”へ裏で妨害行為を画策している、という事は知識だけなら彼女とのやり取りで既に知っていた。
だが、実際に仲間がそういった悪意に晒されていた現実を目の当たりにすると、聞いていた以上にそういった身勝手な大人達による悪意に対する憤激が自身の中から湧き上がるのを、抑えられそうになかった。
対する森崎は泣きそうになりながらも、すぐに決意を込めた顔つきで俺達に向き合いながら、手にした“長柄銚子”をこちらへと構える。
「――だからさ、タケマサにカスミン。二人には何の恨みもないけど、これ以上大事な“家族”を失わないために、アタシはアンタ等二人を始末しなくちゃいけないんだ」
そのうえで、さらに「ゴメンね」と呟く。
「我ながら、事情があるとはいえ本当に酷い事してるし、恨まれて当然だと思っている。……そんなアタシがこれ以上何かを言う資格なんてないんだろうけどさ?――せめて、最期に二人が苦しまないように、アタシの舞に魅了されている間に、終わらせてあげる……!!」
そう言うや否や、先程の異形達との戦闘同様に勢いよく“長柄銚子”を床に突き刺す森崎。
現在の彼女の格好は下着姿のままであり、この状態でポールダンスを披露すれば、魅了の効果が最大限に発揮される事は既に証明されている。
――深刻な回想をしている間も服を全く着るそぶりを見せなかったのは、全てこうするための巧妙な伏線だったのか――!?
今さら森崎の狙いに気づく己の愚鈍さに憤慨しそうになるが、今はそれどころじゃない。
俺は森崎の能力発動を止めるために、“長柄銚子”を引き抜こうと彼女のもとへと疾走する――!!
「させねぇぞ!……森崎ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!」
対する彼女は少し驚いた表情を浮かべていたが、すぐに凛とした表情で俺を見つめる。
「それはこっちのセリフだっての、タケマサ!!――ここまでやっちゃった以上は、誰にも邪魔なんてさせないんだから!!」
瞬間、俺と森崎の手がほぼ同時に直立している“長柄銚子”を握りしめていた。
――今の俺は“糺”から支給された、『まめに働けますように』という術式が施された豆を食べて身体能力が向上しているため、なんとか森崎が能力を使用する前に間に合う事が出来た。
だが、条件で言えばそれは向こうも同じ。
しんがりを務めた岳人が敵に呑み込まれるのを見届けたときに俺達三人は感傷に浸って豆を口にしており、俺や菊池同様に森崎も同等の恩恵を得ているのだ。
……男女差はあるかもしれないが、互いに身体能力を最大限まで強化している以上、この突き刺さった棒を巡る攻防は熾烈なものになるのは間違いない。
現に森崎は掴んだ“長柄銚子”に自身の体重をかけながら、ポールダンスを始める勢いを持って不用意にここまで接近してきた俺を蹴り上げようと飛び上がる。
――あの渾身の蹴りが届く前に、なんとしてでもこの棒を引き抜かなければ――!!
そんな気合いを込めて俺が、“長柄銚子”を引き抜こうと力を込める――!!
「……えっ?」
そんな間の抜けた声を出したのが、自分の口からだと少ししてから気づく。
……それも無理はないだろう。
なんせ俺の腕の中には、熾烈な争いなど微塵も感じさせないかのように、あっさりと地面から引き抜かれた“長柄銚子”が握られていたのだ……!!




