ひょっとこさんが通る
最終目的地である巨大ひな壇の最上部に到達する寸前で起きた、森崎によるまさかの裏切り。
自身の能力も未だ発動出来ず、誰も俺達を守る者のいない状況に絶望する俺とは裏腹に、菊池は悲し気に「どうして?」と森崎へと問いかける。
それに対して、森崎は――。
「……アンタ等に話してなかったけどさ、実はアタシって今まで三回も家族が変わってんだよね」
彼女の返答を聞いて、俺と菊池は思わず押し黙る。
そんな俺達を見据えながら、森崎はポツリ、ポツリと自身の過去を語り始める――。
「……はじまりの頃はもうロクに思い出したくもない。覚えているのは、連日響く男の怒声とそれを見て見ぬフリする女、そして、そんな状況下で泣きじゃくっていたときの幼くて弱かっただけの自分……」
若くして子供を産んだもののすぐに離婚してシングルマザーとなった母親と、彼女が連れ込んだ新しい“父”を名乗る男。
最初の頃は新しい家族として再出発しようとしたものの、男の方が他人の子供を見る事に耐えられなくなったのか、幼い子供である森崎にキツく当たり散らすようにり、男に逃げられたくない母親は、そんな家庭内の不和をなぁなぁで済ませようと無視を決め込む。
それは言ってしまえば、どこにでもあるありふれた光景、と森崎はなんの抑揚も感じさせない声で告げる。
「――そんな最悪な環境だったから、ソイツがアタシに殴る、蹴るの暴力を日常的に振るうようになるのに大して時間はかからなかった。いつも通り痛い目に遭いながら、泣きじゃくって一日が終わるのかと思っていたけど……あのときだけは、違ってたんだ」
――幼い森崎を折檻していた男が、彼女の眼前で突如白目を剥きながら、盛大に床に倒れる。
怯えながらも顔を上げた森崎の眼前にいたのは、部屋の片隅で絶句しながら立ち尽くす母親と、右手に灰皿を持った、ひょっとこのお面をつけた一人の男が立っていた。
男は荒い呼吸を繰り返しながら、放心している母親に目もくれずに、森崎の手を引いてその場から立ち去った……。
「アタシを連れ去ったのは、昭和っていう中年のオッサンだった。……昭和は、道路で車に轢かれた動物の死体の片付けとかをする業者で働いていたんだけど、その給料だけじゃ痴呆気味で寝たきりの自分のお母さんの介護費用には足りないから、空き巣でその金を賄おうとしてたんだ」
森崎によると、昭和は当初次の獲物である最適な空き巣先を密かに物色していたらしい、
だが、彼は養父による森崎への虐待行為を見かねた結果、常備していた空き巣の際に素顔を隠すためのひょっとこのお面を被り、衝動的に室内に押し入って男を灰皿で殴りつけてしまったらしい。
そして昭和はその勢いのままろくに考えもなく咄嗟に、暴力を受けていた森崎を寝たきりの母がいる自宅へと連れ去ってしまっていたのだ……!!
「戸惑っていた……かは、我ながら正直どうなんだろう?ただそのときのアタシは、アイツから受けた暴力で疲弊しきっていたから、それどころじゃなかったのかもしれない。――そんなアタシを見て何を思ったのか、自分達だって余裕がなくて苦しんでいるのに、昭和とおばあちゃんはアタシを自分達の親戚の子として育てることにしたんだ」
そこからの昭和達との生活は、森崎のそれまでの人生からは考えられないほど騒がしくも笑顔の絶えないものだったらしい。
痴呆気味ながらも、実の孫娘のように森崎を可愛がってくれた老婆と、不器用なりに面倒を見ようとした昭和。
貧しくも温かな彼らのもとで、実の親にすら頑なになってしまっていた森崎の心は、次第に開かれていていく――。
「昭和は普段働いているうえに、性格もそんなに器用じゃない奴だから、子供のアタシを相手にどう接したりしたら良いのか分からなかったんだと思う。……ただ、空いている時間が見つかると、アタシを連れていろんな場所へ連れ出しながら、様々な事を教えてくれたんだ」
――『俺は学がねぇからよ、勉強とか難しい事は分からねぇ。……だけんど、生きていくためのすべなら、いくらでも教えてやれっからよ?』
昭和はそう言いながら幼い森崎を、自身の仲間である空き巣行為専門の中年男性ユニット:『エンプティ・ドリーマーズ』に引き合わせ、仲間達とともにピッキングスキルや証拠隠滅作業、潜入工作などを教え込んだのだという。
――なるほど、社長令嬢でありながら、あの“糺”の本拠地で森崎が発揮した怪盗さながらの手腕は、その頃に身に着けた技術なのかと納得する。
……だがそれと同時に、その話を聞いたときの俺の心境は、いたたまれない気持ちでいっぱいだった。
それはそうだろう。
よりにもよって、他に頼るあてがないからとはいえ、面倒を見ている子供に教えるのが泥棒としての技術なんて、絶対に間違っている。
……なのに、俺は憤りを感じるよりも先に、『子供に教える事が出来る自分の知識や技術がそれしかなかった』と発言する昭和の人生が、あまりにも不憫に思えてならなかった。
実際のところは昭和が、本当に生きていくための手段として幼い森崎に自分の知識を教えようとしていたのか、それともただ単に、森崎に空き巣の片棒を担がせて犯罪行為の仲間にしようとしていただけなのかは分からない。
だが、それでも――空き巣のくせに考えなしで見ず知らずの子供を助け、その後も面倒を見続けようとした昭和という男の在り方と、家庭も仕事もボロボロになりながらも、土壇場で俺達兄妹を助けようと必死に足掻いていた親父の姿が、境遇も何もかも違うはずなのに俺の中では何故か重なっているように思えてならなかった。
そんな俺の心境に構うことなく、森崎は話を続ける。
「世間一般の“普通”からは程遠かったかもしれない。だけど、アタシはおばあちゃんに優しくしてもらいながら、昭和や空き巣仲間のオッサン達のもとで泥棒としての技術を教えられながら、穏やかに過ごしていた。……でも、あの地獄みたいな日々同様に、あまりにもあっけなく昭和達との生活も終わっちゃったんだ」
予想外にシリアスになりすぎて、スマンゴ……。(白目)




