魅惑のひととき
“三人官女”の中において、酒を杯にそそぐ役割である“長柄銚子”。
金属の容器が先端に取り付けられた自撮り棒らしきものを手にしながら、森崎 ののかが自信満々で迫りくる異形達と対峙する。
これまでの段で見かけたのとは比較にならないような魔物達は、例え鰹陀の能力を受けても耐え抜いてしまいそうな強靭さに満ちているが……森崎の能力は、コイツ等を倒しきるほどの火力があるというのだろうか?
……けれど、“長柄銚子”という役割の能力であるにも関わらず、現在森崎が構えている容器の中には、水滴一粒さえ見受けられない。
果たして、森崎は一体どう戦うつもりなのだろうか?
そんな俺に呼応するかのように、隣にいた菊池が、森崎の方を心配そうに見つめながら呟く。
「三人官女の“長柄銚子”は、杯にお酒を注ぐ前に、さらに“提子”という別の役割の官女からお酒を補充してもらう必要があるの。……多分だけど、ののかちゃんの“長柄銚子”もそれと同じように、その能力単体じゃお酒を発生させる事が出来ないんだと思う……」
そんな彼女の言葉を聞いて、声を失くして戦慄する俺。
もしも菊池の予想が当たっているなら、森崎のトリニティ能力はこの本来の持ち場である二段目においても、他の“三人官女”の能力者がいない限り、本来の強さを発揮出来ない……という事になる。
『自分の能力で酔いしれさせてみせる』と森崎は言っていたが、肝心の酒が全くないこんな状態で一体どうするつもりなんだ――!?
『~~~~~~~~~~ッ!!!!』
そんな事を考えている間に、魔物達が森崎のもとへと殺到する。
「ッ!?――森崎!!」
慌てて俺が森崎へと声をかけるが――彼女はこちらに振り返ることなく、“長柄銚子”を天高く掲げたかと思うと、そのまま勢いよく地面へと突き刺す――!!
……ッ!?
こんな状況の中唯一の武器を手放すなんて、森崎は正気なのか!?
そのように驚愕する俺や菊池の前で、彼女はさらに信じられない行動に出ていた。
「――ッ!!は、はぅあ!?」
なんとあろうことか、森崎は突如俺達の眼前で自分の服を脱ぎ始める――!!
菊池ほどのムチプリ♡ではないものの、均整の取れた身体つきをした菊池のあられもない下着姿を前に、俺の体内で血潮が熱く燃え滾っていく……!!
「ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!」
「ッ!?野村君、見ちゃダメ……ッ!!」
横から菊池が(意図せずしてか)自身のやわらかい膨らみを押しつけながら、必死に俺の視界を防ごうとするが、それは制止どころか俺のボルテージを跳ね上げるだけの結果になってしまっていた。
……とはいえ、俺のような血気盛んな思春期とは異なり、殺到する異形ども相手に色仕掛けが通じるとは思えない。
だが、森崎はそんな俺の視線や敵の猛攻に全く動じることなく、真剣な面持ちのまま、突き刺した棒を両手でつかみながら、ゆったりと足を絡みつかせていく――!!
「――ッ!?こ、これは……!!」
『~~~~~~~~~~ッ!!!!』
――その光景を目にした瞬間、当の森崎を除くすべての存在がその光景に釘付けになっていた。
森崎は優雅な手つきで棒を掴むと、タンッ!と軽やかに飛んだ。
棒を軸にしながら、遠心力でクルクルと回転していく森崎。
彼女はそのままの勢いで身体を浮かせると、棒に足を絡めながらさかさまの状態になっていた。
アレは脇の力だけで挟み込んでいるのだろうか?
信じられないことに森崎はそのまま回転しながら、両足を広げるという芸当をしてみせたのだ!
それを見ながら、俺は確信する。
間違いない、森崎のコレは――
「ポールダンス……?」
隣にいた菊池が、森崎の勇姿を見ながらそのように呟く。
森崎のポールダンスに見惚れていたからか、菊池は俺の腕にしがみつきながら、自身の豊かな二つのふくらみを押し当ててしまっていることに気づいていないようだった。
役得、役得。
そうしている間にも、華麗に回りながら森崎はさらに上へ登ったりと、次々に高レベルのスキルを俺達の視界にお見舞いしていく――!!
……それにしても、単なる自撮り棒のような外見にも関わらず、森崎の繰り出すパフォーマンスを耐え抜く耐久力がある辺り、肝心の酒がなくても流石トリニティ能力で生み出された武器である、ということか。
見れば案の定、森崎のもとに殺到していたはずのこんにゃく系の魔物達は、森崎が突如始めた圧倒的なパフォーマンスによって、瞬く間に俺達同様の最前列の観客と化していた。
異形の魔物達は森崎のポールダンスを前に、それまでの獰猛さの鳴りを潜めて、忘我の境に入るほどに完全に見入っていた。
扇情的な下着姿であるにも関わらず、一切のいやらしさを感じさせずに気品すら感じさせる舞いで観客を魅了する森崎のトリニティ能力。
それはさながら、ふんどし製造工場の社長令嬢でありながら、何故か潜入調査などに優れている“森崎 ののか”という少女の本質を体現したかのような能力であり、現に俺達は彼女の怪しさの中に高貴さを感じさせられる舞踏を前に、鮮やかに心を奪われていた。
――これが酒の力に頼ることなく、相手を酔いしれさせるという森崎のトリニティ能力……!!
だが、この舞踏が引き起こした事態はこれだけに留まらなかった。
『ガ、ギギギッ……!!』
そのようなけたたましい音を鳴らしながら、遅れてこの段の異変に気付いた機械兵側の勢力が魔物達の背後へと突撃していく――!!
どうやら、機械兵達は森崎の魅惑のポールダンスを最初から見れなかった事に、激しくご立腹しているようだ。
……まぁ、ブラック体質な組織系統のもとで活動している最中に、森崎のトリニティ能力のような鮮烈なパフォーマンスが突如出てきたら、刺激が強すぎてそちらに夢中になってしまうのも無理はないことかもしれない。
その結果、特等席で森崎のポールダンスを鑑賞し続けたい魔物側と、痺れを切らして自分達が最前列にとって代わる事を目論む機械兵側による、熾烈な争奪戦が引き起こされることになった。
これまでにもコイツ等の内ゲバを目撃する事はあったが、二段目に到達するほどの個体だけあって、その規模もまさに規格外そのもの。
大気が震え、地が唸りをあげる、そんな凄まじい個体同士のぶつかり合いが至るところで繰り広げられていく――!!
「きゃっ!?」
「菊池!!」
転びそうになった菊池の身体を、慌てて支えながら俺は考える。
――まさか、奴等の戦闘から離れているにも関わらず、衝撃が俺達のもとにまで伝わってくるなんて……!?
そんな俺達に向かって、脱いだ衣服と自身の武器を回収した森崎がこちらに避難しながら、呼びかけてくる。
「ひとまず、ここは一旦もう少し離れた場所に避難しよ!?タケマサ、カスミン!……こんなドタバタサファリパークな状態の只中を突っ切って最上段を上るのは、流石に色々ムリゲ、キチゲ、サイゲは神!状態で、天井振り切れ不可避だから!!」
残念ながら、終わりのあたりは森崎が何を言っていたのかは、全く意味が分からない。
とはいえ、俺達は彼女の言う通り、これ以上の戦闘に巻き込まれないように、この場から即撤退することにした――。




