“随身”
休む間もなく、四段目でも待ち受けていた異形の眷属達。
これまでと異なるのは、この巨大ひな壇による負荷と両勢力による潰し合いをしてきた事によって、この四段目にいる奴等は、最下段のときほど数は多くなかった。
だがそれは言ってしまえば、ここにいるコイツ等が『そんな状況下でも上に這い上がれるだけの実力を持った個体である』という証左であり、現に奴等は最下段にいた奴等よりも明らかに強いと分かる闘志を全身から漲らせていた。
そのうえ、問題はそういった敵側だけではない。
今この階にいるトリニティ能力者は“五人囃子”の鰹陀と、“三人官女”の森崎……そして、“内裏雛”である俺と菊池。
そう、この四段目でもっとも活躍する位階である“随身”の能力者が、俺達のメンバーの中には最初からおらず空白だったのだ。
『位階が上であればあるほど活躍出来るというわけではなく、各能力者は適切な階層でないと自身の能力を存分に発揮する事が出来ない』
さきほどの鰹陀の発言を思い出し、俺は戦慄する。
……なんという事だろうか。
岳人が犠牲になってまで作ってくれた道だったが、俺達は最上階どころか四段目にして絶体絶命の窮地に追いやられてしまったのだ……!!
「クソッ!こんなところで終わりだなんて、そんなの……認められるはずがないだろ!!」
「野村君……」
そう叫んではみるものの、現状最も無力である俺には現状を打破するための手段が全く思い浮かばない……!!
絶望的な状況を前に、諦めかけていた――そのときだった。
「それならここは、僕に任せてもらうとするかな」
そんな風に何の気なしに呟きながら、気軽に一歩を踏み出したのは、このメンバーの中で最もつかみどころのない“五人囃子”の位階能力者である鰹陀 慎太郎だった。
一人飄々とした様子で対峙する鰹陀に対して、慌てた様子で森崎が呼びかける。
「ちょ、ちょっとカッツー!!こんなヤバげ感満載のコイツ等相手に、しかも能力が上手く発揮出来ない四段目なのに、一人で挑もうとするなんて無理だって!ここは、アタシと一緒に協力して」
そんな森崎の提案を、鰹陀はやんわりと――けれど、有無を言わさぬ口調で否定する。
「いや、それはむしろ悪手になるんじゃないかな。……見ての通り、この異形の者達は上に行けば行くほど、そこに到達できるだけの強い個体が待ち構えている、と考えるのが自然だ。ならば、“三人官女”という僕より上の位階能力者である森崎さんには、こんなところで負傷するような事態を避け、二段目まで力を温存してもらう事がこの場における最善手のはずだよ?」
理屈で言えば確かにそうかもしれないが……かと言って、一人で挑むのはあまりにも無茶だ。
このまま突撃させるのはマズいと思って声をかけようとした矢先、鰹陀はこちらに一度振り返ると、これまでと変わらない何の気負いもない微笑とともに答える。
「そんなに不安がらなくても大丈夫さ。……野村君にやらなければならない事があるように、僕もこんなところで終わるわけにはいかないからね?」
そう言うや否や、鰹陀の両手の中に、一つの小鼓が瞬時に出現していた。
これが鰹陀の“五人囃子”としてのトリニティ能力に違いないが……。
「ア、アレ?……小鼓を取り出せたのは良いけど、本来の三段目じゃないから、やはり能力が上手く発動出来ないな……?」
そのようにまごついている間に、鰹陀に気づいた機械兵や魔物達が一斉に押し寄せる――!!
「――――――――――ッ!!!!」
岳人の時も相当なものだったが、それとは比較にならない凄まじい殺気と敵意とでもいえるものが、全ての個体から放たれながら、鰹陀へと迫る。
なんだ、コイツ等の尋常じゃない気迫は……!?
単に個体としての強さというだけでは説明がつかないような、先程までとは異なる攻撃性の違いを目の当たりにして、俺は戦慄する。
……いや、そんな場合じゃない。
このままだと、確実に鰹陀が奴等に殺されてしまう――!!
今の俺は確かに何の能力も使えない。
それでも、むざむざ仲間を死なせるわけにはいかない、と鰹陀のもとまで駆け出そうとした――そのときだった。
「うん、これなら、多分大丈夫そう……だなっと!」
負荷がかかっている状況ながら、どうやら土壇場でなんとか能力の使い方が分かったらしい。
鰹陀がそのように呟きながら、自身の右肩に小鼓を置くと、ポンと軽く左手で叩き始める――!!
軽やかながらも、安易に踏み込むのを許さない雅な音色が、鰹陀の小鼓から響き渡っていく。
だが、正面からこの演奏を目の当たりにした脅威眷属達は全て、何かに弾かれたかのように、盛大に後方へと吹き飛んでいった。
そんな様子を見ながら、鰹陀がそれこそ何でもない事のように呟く。
「これが僕のトリニティ能力。……僕の小鼓から放たれる音壁には、何人たりとも踏み入ることなんて出来やしないのさ」
――表面上は軽快そうに見えても、簡単に他者を寄せ付けぬ見えない壁。
それは確かに、俺達が知る鰹陀 慎太郎という人間に当てはまる性質……といえるのかもしれなかった。
そこからの展開は、まさに一方的としか言いようがない展開だった。
鰹陀は一度目と同様に小鼓を叩きながら、殺気を漲らせた異形達を無傷のまま蹴散らしていく。
途中で俺達の方に振り返りながら、冗談っぽく疲労した事を口にするが……余裕を感じさせる表情と、何より現在進行形で圧勝している戦況を見るに、その言葉もどこまで本当なのか分からない。
そうこうしているうちに、この階層の敵は全て床に倒れ伏しながら沈黙し、俺達の眼前には三段目の姿が見えてきた。
ここに来たときと同様に協力しながら、かつ、俺達は『まめに働けるように』という術式が込められた豆を口にして身体能力を強化していたため、特に問題なく登り切ることが出来た。
……それにしても、本来の全力を発揮できないはずの四段目でこの強さなら、自身の持ち場ともいえるこの三段目なら、鰹陀はどれほどの強さになってしまうんだ?
――いや、全力じゃなかったとしても、最下段の段階で鰹陀が能力を使用してくれていたら、岳人は犠牲にならずに済んだんじゃないのか……?
そんな考えが脳裏に浮かんだ俺は、思考を振り払うかのように頭を横に振る。
……例え余裕そうに見えても、鰹陀だって絶対的なわけじゃないだろうし、仲間のために戦ってくれたコイツを責めたり疑うような事を考えるなんて、今の俺はどうかしているとしか言いようがない。
そのように内心で反省しながら、俺は仲間達の方へと視線を向ける。
俺の視線に気づいたのか、他のみんなもこちらへと振り向いたかと思うと、強く頷きを返す。
色々な想いを胸に秘めながら、俺達はようやく中間地点となる三段目へと到着した――。




