浪速の風雲児
「しもたっ!……これは、ちとマズい事になったでぇ~~~ッ!?」
岳人がそのように、切羽詰まった声を上げる。
見れば魔物や機械の大群は、“仕丁”の能力で転倒させられた同胞達の身体を踏み台にしながらも、着実に岳人のもとに迫っていた。
岳人も負けじと奴等の進行方向の先に草鞋を出現させるが、それでも敵の進軍を抑える事は叶いそうになかった。
このままだと、岳人の身が危ない――!!
そう判断した俺は、急いで大声で呼びかける。
「もういい、岳人!お前は十分やってくれた!!――だから、俺達と一緒に早くここから離脱するぞ!」
あれほど上段に這い上がろうとしていた異形達も、現在岳人のもとに殺到している。
だから、何とか岳人がこの状況を抜け出して俺達とここを昇り切れば、誰一人として犠牲を出すことなくこの次の階へと行けるはず――。
だが、そんな俺の提案に対して、岳人が「何をアホな事言うとんねん!!」と怒鳴り声を上げた。
「『上段に逃げたら絶対安全!』なんて訳ないやろ!そこにも、コイツ等同様にバケモンどもがぎょうさんひしめいとる事は、俺等全員確認済みやないか!!」
「そりゃそうだけど……でも!」
そんな俺に対して、眼前に迫る敵に顔を向けたまま岳人が叫び続ける。
「デモもへったくれもあるかい!登り切ったところにおる奴等と、今ワイに向かってきとるコイツ等が登ってきたら、その時点で挟み撃ちにあってワイ等全員おしまいや!」
そう言っている間にも、機械兵のネクタイ型トマホークによる粉砕攻撃や、さっとゆがいた自身の身体にわさび醤油を添えることによって、豊かな風味を漂わせる……といった薄型のこんにゃく系魔物による抗いがたい誘惑などをへっぴり腰ながらにすんでのところで躱しながら、岳人は一度だけ俺達の方へと振り向き告げる。
「……正剛ぇっ!!ここは今!この場で最も絶好調なワイが、しんがりを務めたる!!――やから、お前は自分のやるべきことを果たしてこんかいッ!!」
「……岳、人……」
「尾田山君……」
岳人の必死の形相と叫びを目の当たりにして、俺や菊池が思わず声を漏らす。
口にはしていなくても、他の仲間にも岳人の悲壮な決意が伝わっていたのだろう。
鰹陀が言葉少なに、けれども神妙な面持ちで俺達へと呼びかける。
「……尾田山君の覚悟を無駄にしないためにも、彼が惹きつけてくれているうちに少しでも先へ進むとしよう。――急いで!僕達がここでとどまっている時間なんてないんだ……!!」
「鰹陀……だけど、俺はッ!!」
この場では間違いなく岳人や鰹陀の提案が正しいのだろう。
――だが、それでも。
感情では認められないと俺が葛藤している最中、岳人が完全に俺達に背を向けた姿のまま、堂々と告げる。
「へへっ……そう心配すんなや、正剛。なんせワイは人呼んで“浪速の風雲児”!!そんなワイが、こんなつまらんところでくたばれるわけがないやろ?」
やから、と岳人は敵の攻撃を躱しながらも、懸命に言葉を続ける。
「いわばここがワイにとっての、“金ヶ崎の戦い”や!!今はお前という大将を逃がすために、必死こかなあかん場面なんやろうけど、ワイは草履取りで終わる器なんかじゃないで!!……いずれは、太閤はんばりに天下を揺るがす男になってみせるんやから、お前もワイがテッペンに昇りつめるまでは、大将らしくドシンと構えとかんかいッ!!」
「――ッ!?」
岳人の言葉を聞いて、俺はハッと気づかされる。
――そうだ。岳人が覚悟を決めたように、俺もこの運命に選ばれた者として、己の為すべき事を果たさなければならないんだ。
そうして決意を固めた俺は他の仲間達に頷きながら、しんがりを務める岳人に背を向け上段の方へと皆とともに駆け出していく――。
背後にいた正剛達が走り去っていったのを感じながら、岳人が眼前の敵を見据えたまま静かに独りごちる。
「へ、へへっ……やっと腹ぁくくったか。……まぁ、アイツには辛い決断させてしもうたかもしれんけど、ワイだってキツいなりにこうするしかなかったんや。それは堪忍やで――正剛」
そう呟いてから、一度だけ盛大に息を吐き出すと、岳人は“糺”から支給されたカバンの中からある道具をゴソゴソと取り出していた。
「絶好調とは言っても、ワイの能力だけやとここまでが限界みたいやな……やけど、ここで諦めるほどワイは微塵も潔くなんかないでぇ?バケモンども!――使えるもんは、何でも使うたる!!」
刹那、岳人は取り出したものを瞬時に自身の口の中へと放り込む――!!
岳人が呑み込んだもの――それは、いくつもの“豆”であった。
この豆には、森崎 ののかが使用していたレンコン同様に、『雛祭りの日にのみ、最大限の効果を発揮する術式』が組み込まれている。
レンコンは『先を見通せるように』という意味になぞらえて、望遠鏡のように遠くを見通す事が出来るようになったように、術式を施されたこの豆には『まめに働けますように』という願いのもと、これを食した対象者が自身の任務を果たそうとしたときに、最大限の身体能力を発揮できるようになっていた。
現にその効果によって、爆発的に能力が向上した岳人が、今度は自身から異形の者達へと拳を振り上げながら駆け出していく――!!
「喰らえっ!……尾田山の~、ピストルッ!!」
技名を叫びながら勢いよく放たれた岳人の右拳が、一体の機械兵に炸裂するッ!!
岳人の凄まじい打撃によって、機械兵のボディがへこみ、数秒も経たぬうちに停止する。
「どうや、見たか!?――これが、国民的存在に昇りつめるワイの実力やッ!!」
そう言うや否や、強化した自身の拳や蹴りの数々を放ちながら、次々と迫りくる機械兵達を岳人は粉砕していく――!!
「――ざまぁみさらせ、労基違反のスクラップども!!……これが!仲間達の絆を胸に放つ一繋ぎのワイの連撃や!!“浪速の秘宝館”ともいえるワイの多彩な技を前に、派手に酔いしれときぃッ!!!!」
実際には単なるパンチではあるものの、強化によってとてつもない威力を秘めた岳人の拳がガトリング弾のように放たれ、機械兵達を一掃していく。
その様子を目にしながら、岳人は額から大粒の汗を流しながらも、口の端をわずかに吊り上げる。
「イケる……!この豆の効果とトリニティ因子の能力を使えば、ワイでも何とか、イケ、る……!?」
――瞬間、岳人は驚愕の表情を浮かべていた。
……だが、それも無理のないことだろう。
あろうべき事か、それまで機械兵を一撃で破壊するほどの岳人の拳が、こんにゃく型の魔物に放った瞬間、プルン!とした感触とともに弾かれてしまっていたのだ――!!
「――ッ!!な、なんやて!?」
自身の渾身の一撃が通用しなかった事に対して、戦闘の最中にも関わらず、動きを止めてそのように毛を上げる岳人。
見れば、岳人の周囲には残骸と化した機械兵とは対照的に、“仕丁”の能力による草鞋で転倒させられた個体達も、何事もなかったかのようにむくりと起き上がり、プルプルと身体を震わせながらこちらへと近づいてきていた。
「クソッ、そうか……コイツ等は、こんにゃくをベースにして構成された魔物やから、衝撃には比較的強いんか!!これはちと、想定外やったな……!!」
そのように悔しがる岳人とは対照的に、無機質なこんにゃく系の魔物達が何の感情も覗かせないまま、数の力に任せて殺到する。
事態がこうなってしまった以上、岳人には完全に打つ手はなく、実質“詰み”の状況である。
にも関わらず、岳人は押し寄せる魔物達にもみくちゃにされながら、吹っ切れたような笑みを浮かべながら呟く。
「……どうせなら、コイツ等が豆腐やったら良かったのに。――そうすりゃ、同じやられるにしても、『“史上初!豆腐の角に頭をぶつけて死んだ男!!”』って事で、一躍有名になれたかもしれへんのやけどな」
――どや?ワイって天下を盛大に沸かすくらい、ホンマにおもろい男やろ?
その言葉を最後に、岳人の身体は完全に膨大なこんにゃくの中へと埋もれていく――。
俺達が協力しながら四段目へと昇り切ったのと同時に、眼下では異形の眷属達と死闘を繰り広げていた岳人の姿が、押し寄せるこんにゃくの魔物達に呑み込まれて完全に見えなくなっていた。
鰹陀は尾田山の事を、『自身の力ではかなわないから、相手が己の失敗で自滅する事を期待する』気質ではないか、と分析していたが――例え、その分析が当たっていたとしても、ここまで俺達を逃がすために自身の身体を張ってでも守ろうとしたアイツの決意と行動は、他力本願なんかじゃないアイツ自身が引き起こした本物の力なのだと、俺は信じたかった。
「ガクト……アンタ、思っていたよりも立派なヤツだったよ……」
「尾田山君……私達のために、本当に、ありがとう……!!」
森崎が称賛の言葉を、菊池が涙ながらに感謝の意を、すでに見えなくなった岳人に向けて告げる。
そんな彼女達の様子を見て緊張の糸が途切れたのか、俺もようやく自身の想いを言葉にしていた。
「岳人、助けてやれなくてすまない……だけど俺は、お前に託された分まで、何があってもこの作戦を成功させてみせるよ……!!」
俺は自身のカバンから取り出した豆を取り出し、自身の決意とともにゆっくりと口内で噛み締める。
そんな俺に触発されたのか、菊池や森崎も同じように自分達に支給された豆を黙したまま食べ始めていた。
俺達の様子を見ながら一人、鰹陀が困ったような口調で語り掛けてくる。
「本当なら、自身が担当する階でその豆を使用して欲しかったんだけど……まぁ、その効力は当分切れないみたいだし、今はそこまでどうこう言う事でもないか」
だけど、と鰹陀は言葉を続ける。
「そのくらいの意気込みで、例え気分が落ち込んでいたとしても警戒はまだ解かないでくれるかな。……尾田山君が言った通り、ここにも奴等がウジャウジャといるからね?」
鰹陀が視線を向ける先。
そこには、五段目と同様に――けれど、見ただけでそれらよりも屈強と分かる魔物や機械兵達が、上段に昇りつめようと犇めきあっていた……。




