“仕丁”
ついに俺達トリニティ因子適合者は、巨大ひな壇の眼前まで到着する事が出来た。
ここに来るまで敵からの襲撃に全く遭う事もなく、全員無事で済んでいたが、この先からはそうも言っていられなくなるだろう。
――その答えは、すぐ目の前にあった。
「……うっわ~、分かっていたけど絵面ヤバすぎっしょ……本当にこんな中を突破していかなきゃなんないとか始まる前から気が遠くなりそう~……」
森崎がうんざりした口調で、そう告げる。
彼女の発言がこの場にいる者達全ての総意だと言わんばかりに俺達が見上げている先にいたのは、ひな壇をびっしりと覆い尽くすほどの大量のこんにゃくで出来た魔物と自立型起動兵器の群れだった。
魔王:“イビル・コンニャク”と暴走ブラック企業の“デスマリンチ”の眷属であるコイツ等は、自身の親玉を勝たせるために、互いの勢力を蹴落としながら更なる上段へと這い上がろうとしているようだった。
俺達人類からすれば、盛大な内ゲバに夢中になってくれているおかげで警戒されることなくここまで近づくことが出来たわけだが、そんな風にありがたがってばかりもいられない。
現在奴等はレンコン望遠鏡で覗いた時のように、既に二段目まで到達し始めた個体もちらほらと出始めているからだ。
このまま行けば、もう少しでこのひな壇の最上段に到達する奴が出てきたとしてもおかしくはない……!!
かと言って、未だに何の能力にも覚醒出来ていない今の俺ではどうしようもない……と、考えていたそのときだった。
「正剛、ジブンが今何考えているか分かるけどな?今は余計な事なんか気にせずに、最上段を目指すことだけを考えとき!……ここから先は、トリニティ因子の能力に覚醒してるワイの出番や!!」
そう言うや否や、岳人が勢いよく人外の脅威達へと駆け出していく――!!
その様子を見ながら、俺は慌てて岳人へと声を上げる。
「岳人ッ!?お前一人で奴等に挑もうとするなんて、流石に無茶だッ!!」
岳人が持つトリニティ能力とやらが、どのようなモノなのかは俺には分からない。
だが、トリニティ因子の階位の中でも最下位である“仕丁”である事からも分かる通り、岳人の能力は俺や菊池を除く他のトリニティ能力者達よりも遙かに弱いはずだ。
その叫びを聞いた魔物や機械達が、上を目指すことを中断して一斉に岳人へと雪崩れこんでくる。
圧倒的な絶望的状況だったが、それに対して岳人は怯えるどころか戦意高揚していると言わんばかりに闘志を漲らせていた。
「へへっ、なんやコレ……ワイの中から今までにないくらいにメチャクチャ力が漲っとる!!これなら、けったいな奴等がどんだけ来ようと、負ける気なんてさらさらせぇへんで~~~!!」
そう言っている間にも、岳人の眼前にまで迫っていた異形の者達だったが――異変はすぐに起こった。
なんと、あろうことか突如魔物や機械達がツルンと身体を180度回転させたかと思うと、そのままの勢いで盛大に地面へと落下していったのだ。
そんな異形達に勝ち誇りながら、岳人が高らかに告げる。
「バケモンども!よ~く見さらせ!!――これが、ワイの“仕丁”の能力や!!」
見れば、脅威の眷属達の足元(?)には、いつの間に用意されていたのかいくつもの草鞋が出現していた。
仲間が倒れても異形達は全く臆することなく岳人へと突撃しようとするが、それらの個体の足元にも草鞋が瞬時に現れ、奴等をスッ転ばせる事に成功していた。
「……ひな壇における“仕丁”という位階には掃除係や日傘担当からなる三種類の役職があるけど、その中でも尾田山君が覚醒したのは“靴台係”だったようだね。……彼があぁいう能力なのは、履物に対する彼のイメージ、それともしくは、尾田山君自身の気質がもしかすると、『自身の力ではかなわないから、相手が己の失敗で自滅する事を期待する』というものであり、それが影響した形なのかな……?」
そのように分析する鰹陀に、慌てながら森崎が呼びかける。
「ちょっとカッツ―!!今はそんな事どうでも良くない!?このまま一気にアタシ等もガクトに加勢してアイツ等全部とっちめないと……って、アレ!?全然、ロクに力が出ない!そんな、どうして……!?」
怒涛の勢いで目まぐるしく目を白黒させる森崎。
岳人に加勢しようとしていた森崎だったが、どうやら彼女のトリニティ能力が上手く発動しないようだ。
……まさか、俺や菊池のような“内裏雛”に次ぐ位階の“三人官女”である森崎よりも、最下位であるはずの岳人の“仕丁”の能力の方が強いというのか……?
そんな俺の疑問が顔に出ていたのか、鰹陀が首を横に振りながら答える。
「いや、これは野村君が考えているような理由ではないよ。現に彼の能力は普通に僕や森崎さんとぶつかれば、真正面から簡単に攻略できるような代物だ。……それでも、現在彼がこれ以上とないくらいに絶好調で全力を発揮し、対照的に僕や森崎さんが不調となっている要因といったら、何が思い浮かぶ?」
その問いかけを聞いて、俺はハッと答えを思い浮かべる。
「――ッ!?そうか!どういう原理かは分からないが、俺達能力者の方じゃなく、この“巨大ひな壇”の方にそういう仕掛けがあるのか!」
そんな俺の発言に対して、鰹陀が力強く頷く。
「そういう事だよ。……どうやらこのひな壇では、位階が上であればあるほど力を発揮できる、などという単純なものではないみたいだね。むしろ、この巨大ひな壇の本質はそれとは真逆。現在このひな壇に群がっている異形の眷属達ほどではないにせよ、本来その段にはいてはならない位階の者達に対しても、『能力が使いにくくなる』といったある程度の負荷がかかるようになっているみたいだね」
確かに、五段の最下段に内裏雛や三人官女が配置されていたら、明らかにおかしいに違いない。
位階の上下など関係なく、役職の者は適した場所へと収まるべき。
そういった言外の意思が、この巨大ひな壇のシステムには組み込まれているという事か……。
そう考えている俺や困惑している菊池に対して、鰹陀がゆっくりと語り掛けてくる。
「――そして僕は、野村君や菊池さんの“内裏雛”のトリニティ能力は、適した最上段に至ってこそ発揮されるのではないか、と思っている。……もっとも、それがどんな能力なのかは流石に分からないけれど」
静かながらも、それは確信に満ちた声音だった。
「俺や菊池の能力……?」
「私が、最上階に辿り着いたときに覚醒……?」
それに対して、俺達“内裏雛”の二人は肯定も否定をする事も出来ず、ただ戸惑いの感情とともに呟くだけだった。
思考が情報に追いついていない。
だが、そうしている間にも、状況は刻一刻と変化しようとしていた――!!




