菊池 カスミ
「野村君も知っている通り、私は6年生の時に引っ越しする事になったんだけど、アレって実はお父さんが仕事で上手く行かなくなったから、お父さんの実家がある田舎の方に戻ったんだ。……だけど、そこがスッゴク閉鎖的な場所でね?村の人達は私達家族の事を『都会で通じなかった出戻り』って、みんなで影でこそこそ馬鹿にしたり嫌がらせをしてくるような場所だったの……私は6年生の途中っていう変な時期と出戻りの家族って事で、人数はかなり少ない学校だったけど、その村の子達からも凄く目をつけられたりして、クラスで友達なんか全く出来なかった……」
菊池が中途半端な時期に引っ越した事は覚えていたし、あの当時子供ながらに薄々どういう事情があるのか勘付いていたけど、引っ越した先がまさかそんな閉鎖的で陰険な田舎だったのか……。
慣れ親しんた地域から離れるというだけでも不安だって言うのに、確かに行き着いた場所がそれだと色々キツいものがあるに違いない。
菊池の話は続いていく。
「中学に上がった時に、お母さんが村での生活のせいで精神がおかしくなったから、そんなに離れていない町の方にまた引っ越しをすることになったの。……と言っても、また変な時期に学校を引っ越したのと、同世代のみんながさ、興味本位で調べたりすると割と近くの場所からすぐに私の情報が知られちゃってさ。村の小学校ほどの扱いじゃなかったけど、そこでも私の立ち位置は変わらなかった……」
「菊池……」
「村から引っ越すときにね?お爺ちゃんやお婆ちゃんからは『あと数年もしたら、そんな事みぃんな気にしなくなるから!それまで我慢させれば良いだけじゃないか!』って引き留められたけど、流石にそれにはお父さんも怒鳴って引っ越しを強行したんだけど……本音を言うと、それをもっと早くに決めて欲しかった……!!」
話を聞いているうちに、俺の中にもふつふつと怒りの感情が湧き上がってきた。
菊池の境遇が不憫という事もあるけれど――俺にとって、菊池が引っ越しした先の村の住人や菊池の祖母、そこまでボロボロにならなければ家族のために動けなかった彼女の父親といった人間達が、親父のヘタレな本性をヤーさんのコスプレで暴いたあの男やその後に押し寄せたクレーマー達、俺達を置いて出て行った母親や、店が上手く行かなくなってどうしようもなくなっていた時の親父のような、身勝手な大人達の姿と重なっているように思えたからだ。
俺と菊池は、似たような境遇を抱えている――。
そう思うと、そういった大人達への憤慨とは別に、俺は菊池に対して“トリニティ因子”などとは関係ないはっきりとした仲間意識のようなものを感じていた。
そんな事を俺が考えていたのだが、再度菊池がポツポツと辛そうに語り始める。
「……中学二年の頃だったんだけど、あの村の近くの駅が『嵐婆捨駅』って名前に変わった頃から、あの村の人達の様子がおかしくなり始めたの。……もともと、あんまり感じが良くなかった人達だけど、それでも日帰りでお爺ちゃん達に形だけの挨拶をしに行ったら、村の人達が隠しもせずに私の身体をマジマジと凝視してきたり、酷い時には平気で変なところを触ってくるようになってたんだ……確かにその頃から、私の身体はちょっと発育が良くなっていたけど、ショックだったのは、実のお爺ちゃんですら、そんな人達と同じように鼻息荒く私にやたらと接触してこようときたりしたんだ。……それ以来、私達家族は全くあの村には一切近づかなくなった……」
その話を聞きながら、俺はチラリと菊池の表情から視線を外す。
確かに、菊池のムチプリ♡感溢れる身体つきをみたら、俺のように興奮する男はいるに違いない。
だが、いくらそういう相手に飢えているからって、身勝手な大人達とはいえ――しかも、村人達だけでなく実の祖父までもが、そんな見境のない事を平気でするようになるものなのか?
それがその村の連中にとっては“当然”な認識なのか?……それとも、今の話に出てきた『嵐婆捨駅』とやらが、何か影響しているのか?
……駄目だ、今の俺にはどれだけ考えても分からないし、多分その理由を知る事もないだろう。
……というか、そんな奴等の考えなど知りたくもない。
そう思う事で、憤慨しつつも何とか感情を押しとどめることに成功した俺は、おそらくその村の連中と全く同じものになっていたであろう視線を菊池の身体から外し、強制的に何もない前方の方へと視線を移した。
そんな俺に「ありがとね……」と礼を言いながら、菊池が俺へと語り掛けてくる。
「この話はね、本当は誰にも言うつもりはなかったんだ。……ただ、“トリニティ因子”に覚醒めたものの能力が使えなかった私を助けにきてくれたゆかりさんがね、初対面なのに自分の辛い過去をたくさん、しかもそれをあっけらかんと話し始めるものだから、私も自分の事を他の人に打ち明けるつもりになれたんだ」
「……ゆかりさん、か。確かにあの人らしいかもな。距離感はおかしいところあるけど、あの人の言葉で俺は励まされたりした訳だしな……!!」
「野村君もなの?本当に素敵だよね~、ゆかりさん!たくさん大変な目に遭ったけど、それでもめげずに頑張り続けた結果、この『糺』っていう組織の偉い人にまでなってるもん。本当に“理想の女性像!”っていう感じで憧れちゃうな~……まぁ、確かに距離感は少しおかしいところがあるけど」
「だな。――あの『例えどんなに辛いことや嫌な事があっても、美味しいモノを食べたり旅行とかしながらぐっすり寝て、楽しいことでさっさと忘れれば、きっと幸福になれるはず』とか割と真理というか、要所要所で良いことは言ってるんだけどな~!」
そんなやり取りをしながら、俺達は笑い合う。
菊池はどうやら、ゆかりさんに非常に親近感を抱いているらしく、その後もゆかりさんの話で盛り上がった。
なんでもゆかりさんは、俺に語った以上に『人生のほとんどにおいて苦痛と屈辱を受けながら生きてきた』というほどの自身の過去の境遇を詳細に、菊池に教えていたらしい。
流石にその詳細については、菊池は口をつぐんだが、それ以外のゆかりさんに関する事を話している時の彼女は心から楽しそうであり、そんな彼女の表情を見た俺も嬉しくなって、夢中で彼女に向き合いながらそのやり取りを続けた。
やがて彼女は、思い出したように真面目な表情を浮かべると、コホン、とわざとらしく呟いてから、俺へと話を切り出してきた。
「……だからね、そんな辛いことばかりで何も楽しいことのない移住先だったけど、私は野村君達と過ごした小学校時代の楽しい思い出があったから、何とか心を保つ事が出来たんだ。……それも含めて本当に野村君達には感謝しているんだよ?」
「菊池……」
――俺は、何て馬鹿なんだ。
不幸自慢なんかに意味はないけれど、それでも菊池は、なんてことはない小学生だった俺達との思い出を頼りに、辛い境遇の中で何年も耐え抜いてきたんだ。
なのに俺は、自分の境遇がツラい、ツラい、と嘆きながらも、そんな菊池の事をあっさり忘れながら、日常を過ごしていた。
自分の身勝手さに嫌気が差すのと同時に、俺もあれほど軽蔑してきた大人達と同類に過ぎないのだと、そんな考えが脳裏に克明に浮かび上がっていく。
俺の様子から何かを察したのか、菊池が「大丈夫だよ」と告げる。
「私には楽しかった小学校の時の思い出しかなかったけど、野村君には現実でしっかり野村君を支えてくれる人達がいたんだよ。……その事がちょっぴり羨ましかったりするけど、野村君がそういう大事な人のために頑張れるって知って、私も思わず嬉しくなっちゃったんだ」
その言葉を聞いて、思考が一気に冷静さを取り戻していく。
……そうだ、俺が菊池のように過去の思い出にのみすがりつかずに、親父に呆れながらも、なんとか現実や未来の方を向けていたのは、俺が守らなくきゃいけない存在がいたからで――。
俺は慌てながら、菊池の両肩を掴みながら必死に訊ねる。
「――菊池!!春恵は!?……春恵の様子はどうだったんだ!?」




