尾田山 岳人
計算も駆け引きももなく、ただひたすらに絞り出すように叫んだ俺の想い。
それを聞いた尾田山は――目に見えて分かるほど、堪えきれないと言わんばかりに大粒の涙を流していた。
その様子に思わずギョッとする俺だったが、尾田山は構うことなく鼻水も拭わぬままに、今度は自身の番だと言わんばかりに語り始める。
「……ワイの親はな、もともと転勤族って呼ばれる人間で、オトンの仕事の都合上、それに付き合う形でワイも記憶があやふやなち~ちゃな頃から、全国津々浦々を転校して回ってたんや。……そのせいでって言ってえぇんか分からんけど、ワイにはなかなか友達?もしくは、仲間?ってのが出来ひんかったんや」
だから、と尾田山は続ける。
「親の都合でしょっちゅう転校を繰り返している事以外、友達との楽しい思い出にしろ、気になる女の子とのドギマギするようなハプニングにしろ、全く何のイベントも起きへんし関わりのないのがワイの人生やったんや。人気者目指して明るく振る舞っても、クラスのカーストトップや中心どころやない、良くてイジられ役、悪くて目障りでうるさいクズか無視の扱い、それが今までのワイやったんや……!!」
そこまで口にしてから、尾田山はグッと握りしめる形で“トリニティ因子”の証が浮かんだ手の甲を俺へと見せつけてくる。
「そんなワイのクソみたいな人生を変えてくれるのが、突然出現したこの“トリニティ因子”ってヤツやった!!――例え、その中でも最下位の“仕丁”って能力やったとしても、いや、だからこそ!ワイは昨今はやりのなろうのテンプレ成り上がり作品みたいに、そこから劇的に成りあがって、今度こそ自分が堂々と胸を張れる“主人公”っていう存在になってみせたろ!!って、決意しとったんや!……今のお前の話を聞くまではな」
「尾田山……」
「あぁ、えぇねん。つか、すまんな。下手に気ぃ使わせて。――でも、お前もホンマ大概やでぇ~?そんだけ色んなもんを一人で抱えながら、それでも投げ出したりなんかせずに、戦う事を決意したって言うんやろ?そんなん、誰がどう見ても文句のつけようのないくらいに反則的な“主人公”って奴で、最上位の能力に覚醒するのも納得するしかないやろ?」
そう言い終えてから、尾田山は目元を拭ってすぐにスッと立ち上がると、キッ!と強い眼差しとともに俺の両肩に自身の両手を置いてきた。
「こうなったら、この先この件で誰が何を言ってこようが、ワイがお前の味方をしたる!!だから、お前も親父さんや妹さん、そして店のためにも!!絶対にこの作戦を成功させるんや!!えぇな!?」
尾田山からの熱い激励の言葉。
そんなコイツからの意思を感じ取った俺は、「あぁ、言われるまでもない……!!」と、不敵な笑みとともに強く頷き返す。
俺の返答に満足したのか、ニカッと俺と同じような笑みを返しながら、尾田山が自身の右手を差し出してきた。
「これで俺とお前は、俗にいう“マブダチ”って奴や。……そんじゃあ、よろしくな!!正剛!」
「なんだよそれ。親友ってそんな風に宣言してなるもんじゃないだろ。――だけど、頼りにさせてもらうぜ、岳人……!!」
そう互いの名を呼びながら、俺達は固い握手を交わしていく――。
「そう言えば、『最上位の能力に覚醒めた俺が気に食わない!』って言うのは確かに分からんでもないんだが、俺ほどじゃないとはいえ、岳人より二つほど位階の高い“五人囃子”の能力に覚醒した鰹陀はどうなんだ?アイツは、能力だけじゃなくて爽やかイケメンで出来る奴オーラを出してるし、岳人が一番僻みそうな相手だと思うんだが……」
「クッ!?……確かに当たっとるけど、ズケズケ言い過ぎやでジブン!?」
そう俺に反論していた岳人だが、すぐに渋い面をしながらボソボソと答える。
「……いや、鰹陀は見るからに、あの爽やかさの裏になんかとてつもないもんを隠しとる感ハンパないやろ。だからワイも、それどころかあのイケメン好きを公言しとる森崎っていうギャルもそれを察してかほとんど話かけんかったし、ちょうどゆかりさんと、最上位能力者のくせにどっか抜けてる感じがする正剛が来んかったら、ワイ等は多分あのままずっと会話すらせんかったんちゃうかな……」
あぁ、俺達があの会議室に来る前って緊張感とか別にして、そういう雰囲気だったのか……。
でも確かに、鰹陀は悪いヤツ……って訳じゃないけど、どことなくあの爽やかさの裏に、“陰”のようなものを感じる気がするかもな。
「あぁ~、なんであれ俺が来たことによって、全体的に場が良くなったって言うんなら、もうこれは実質俺がみんなのリーダー!って事で良いんじゃないか?」
そんな俺の軽口に対して、岳人が即座にツッコミをしてくる。
「な~にを調子に乗っとんねん!……えぇか、正剛!マブダチである以上、ワイとお前は能力の差はあれ、あくまで対等やた・い・と・う!!やから、例えワイが“仕丁”っていう最下位やからって、お前の履物係なんて絶対せぇへんからな!!分かったか!」
「ハイハイ、分かったよ……」
そんな風に、たわいもないやり取りをしながらも、予期せぬ形で岳人という頼もしい仲間が出来た喜びを内心で噛み締めていた――まさにそのときだった。
「オイ、正剛!……あの子は、何なんや?」
岳人が突然、俺の背後に視線を向けてそう告げる。
その発言を受けて俺は、慌てて意識を冷静に切り替える。
岳人との対話が当初から思っていたのと別の方向に進んだとはいえ、やはりこういう会話をする以上は、誰かに聞かれる可能性を極力減らせる自室ですべきだったか……。
また一から背後にいる誰かに向かって、岳人にしたような話を説明しなおさなくてはならないのか……と苦笑しながら、俺はそちらの方へと振り向く。
そこには――。
現在治療中のためか、患者衣を身に纏った痩せぎすな身体つき。
右目は伸ばした前髪のせいで隠れているが、左目で俺の姿をしっかりととらえながら、見て分かるほどに強張った表情をしている一人の少女。
その姿を目にした瞬間、俺は言葉にならずとも――思わずその名を口にしていた。
「春恵、なのか……!?」
親父同様に、暴徒達の卑劣な策略によってこんにゃくを食べさせられただけでなく、魔王の因子と深く結びついてしまった俺の妹である春恵。
そんな春恵が、意識を保ちながらこうして俺の前で無事に立っている姿を目にしているにも関わらず、俺は妹の身を案じるでもなく、ただひたすらに頭が真っ白になっていた。
心臓がドッ、ドッ、と早鐘を打ち、顔面はおそらく真っ青になっているに違いない。
相手の表情を見れば既に答えは明白であるにも関わらず、俺はそれでも絞り出すように最低な問いかけをしていた。
「春恵……今の俺達の話、どこから聞いていたんだ?」
今の自分にしては、何とか優しく語り掛ける事が出来たように思う。
だが、春恵はそんな俺に対して、怯えとも怒りとも言えぬ表情でキッ、と睨みつけてから、逃げるようにもと来た道を走り去っていく。
「オイ、なんや正則!?あの子は、お前の妹さんとちゃうんかい!!……一体、どないしたっちゅうんや!?」
横で岳人が何かを叫んでいるが、言葉が俺の頭の中に上手く入ってきてくれない。
そうして俺はただ、茫然とした状態で走り去っていく春恵の後姿を見つめていた――。




