最後の決闘
エミルは素直にイクトミに場を譲り、元通り木箱の陰に隠れる。
「あら」
と、そこにアーサー老人が立っていることに気付き、肩をすくめた。
「あなたの入れ知恵かしら?」
「うむ。元々、大閣下の経歴と西海岸の町とを比較し、周辺地域で何かあれば恐らく、奴はここを緊急時の脱出路に使うだろうと踏んでいた。そして一週間前、突然西部のあちこちで電信電話網が途絶した。何かがあった、いや、君たちが何かしたと見て、我々も駆け付けたと言うわけだ」
「流石ね」
「ところでエミル君」
アーサー老人はいまだ係船柱に座ったままの大閣下をチラ、と見て、エミルに向き直った。
「君は何故いきなり、ジョルジオ・リゴーニを撃った?」
「顔がムカついたからよ」
「その冗談はさっぱり面白くないな」
ばっさり言い切られ、エミルは肩をすくめた。
「じゃ、真面目に説明するわ。話と見た目からあいつが『鉄麦』って言うのは分かったし、あいつ一人でボーッとしてたから始末したのよ」
「法の裁きに委ねようとは思わなかったのかね?」
「あなた、あいつの裁判記録知らないの? あなたなら調べてると思ってたけど」
「……ふっ」
アーサー老人はニヤっと笑い、小さくうなずいた。
「なるほど。確かに過去3回の裁判では、いずれも不起訴だったな。相当な額の裏金を撒いたのだろう。それこそ奴の下品に肥え太った顔を見れば分かる」
「ここで4度目の逮捕ってなっても、またカネ撒いて逃げるだけよ。それなら裁判所じゃなく、天国の門で取り調べてもらった方が手っ取り早いわ」
「……まあ、不問にしておこうか。私は法の番人では無いからな」
「どうも」
一方――イクトミとトリスタンは、静かににらみ合っていた。
「……」
「……」
まだ陽の光は差しては来ないものの、空気は既に温まり始めているらしい。港に強い風が吹き込み、二人の間を通り抜けて行く。
「アレーニェ」
と、トリスタンが口を開く。
「今更貴様と話すことなど、何も無い。お前もそうだろう?」
「ああ。こうして静かに対峙していても、無駄なだけだ」
「では、さっさと来い。このまま見つめ合っていたとて、何の意味も無い」
「君から来い」
「フン」
短い会話を終えるが、依然として二人とも動かない。物陰で様子を眺めていたロバートが、アデルに耳打ちする。
「なんで撃たないんスかね?」
「撃てばその反動で、どうやったって隙ができる。それにどっちともタマ避けられるような、バケモノじみた運動神経持ってるからな。だから1発目を避けて、相手の隙を突いてズドン。それを狙ってんだろうよ、どっちも」
「はぇ~……」
と――港のどこかに巣があったらしく、カモメの鳴き声が辺りに響く。瞬間、二人はその場から弾かれるように動き出した。
「死ね、アレーニェ!」
「死ぬのはお前だ、トリスタン!」
ほとんど同時に、両者は弾丸を放つ。イクトミが放った弾はトリスタンのほおに筋を引き、一方、トリスタンの弾はイクトミの肩をかすめる。
「うっ……」
「ぐぬ……」
どちらも流れる血に構わず、二発目を放つ。ばぢぃっ、とけたたましい金属音が鳴り、アデルは息を呑んだ。
(うっそだろ……弾と弾が当たったのかよ、今の!?)
だが、トリスタンの放った11ミリMAS弾より、イクトミの45口径ロングコルト弾の方がわずかに威力が大きかったらしく、ぐちゃぐちゃに融合した弾はトリスタンの方へと飛んで行った。
「うおお……っ!」
とっさにかわしたトリスタンの、左のホルスターが落ちる。イクトミの撃った3発目が、ベルトをかすめたのだ。
「う、ぬっ」
ホルスターがトリスタンの太ももに絡まり、トリスタンは体勢を崩す。それを好機と見たらしく、イクトミは腰だめに拳銃を構え、もう1発撃ち込んだ。
「お……ふっ……」
トリスタンがひざを着く。
(やった……か!?)
アデルは勝利を確信したが――次の瞬間、イクトミのシルクハットがばしっと音を立てて飛び、その下にいた彼も弾かれるように、仰向けに倒れた。