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港にて

 時刻はまもなく朝の6時になろうとしていたが、まだ、東の稜線に光は差していない。その寂れた港はまだ暗く、人の姿は無い。と――沖の方から一隻の船が、ポン、ポンと排気音を上げながら近付いて来た。

「着きました」

 まもなく船は桟橋に着き、小山のような男が一人、どすんと降り立った。

「お手をどうぞ、閣下」

「うむ」

 続いて下卑た顔の老人が、男に手を引かれて船を降りる。

「トリスタン、追手の姿は……?」

「一隻もありません。ご安心を」

「そうか」

 老人は持っていた杖をとん、とんと突き、周囲を探る様子を見せる。

「岸はどっちだ?」

「こちらです」

「暗くて敵わん。夜明けはまだなのか?」

「じきに差すかと」

「そうか」

 と、船からさらに二人、姿を現す。

「お腹空いたねぇ。早いとこ朝飯にしようよ、兄さん」

「ここから程近いところに町があります。少しばかり大目に出せば、早朝でも作ってくれるでしょうな」

「うむ。よろしく頼むぞ、リゴーニ」

 老人に杖でトン、と肩を叩かれ、リゴーニと呼ばれたそのでっぷり太った男は、ニコニコしながらうなずく。

「ええ、お任せを」

「……しかし」

 老人は元からしわだらけだった顔をさらにくしゃくしゃと歪ませ、吐き捨てるようにつぶやいた。

「本国での工作がもう少しでまとまろうかと言う時に、いらぬ邪魔が入ったものだ。おかげで『ミストラル号』も中途半端なまま、放棄せねばならなくなった!」

「あの戦艦ですか。本当に惜しいものです」

 トリスタンがうなずいて見せ、老人も憮然とした顔のまま、うんうんとうなずき返す。

「26万ドルもかけた大傑作だったのだ。完成していればそれはもう、威風堂々たる……」

「まあ、まあ、閣下。もう一度作ればよろしい。それだけのことです」

 リゴーニに諭され、老人はフン、と鼻を鳴らした。

「お前がそう言うのであれば、溜飲を下げておくとしよう。組織も改めて構築せねばならぬし、資金については引き続き、よろしく頼むぞ」

「ええ、ええ」

 3人の手を借り、老人はよたよたとした仕草ながらも、桟橋を渡り切った。

「はぁ、はぁ……それで、トリスタンよ。ここから先の『足』は……」

「調達して参ります。しばしお待ちを」

 老人を係船柱に座らせ、トリスタンが町の方を向いた、その時――暗い港にパン、と音が響き渡った。

「あへっ……?」

 リゴーニが胸を押さえてごろんと転がり、そのまま海に落ちる。

「……!?」

 町に向かいかけていたトリスタンが目をむき、あのMAS1873カスタム――自動拳銃を腰から抜いた。

「誰だあッ!」

「やっぱりここに来ると思ったわ」

 乱雑に積まれた木箱の陰から、何者かが拳銃を片手に現れた。

「だって『ニューマルセイル(New Marseille)』ですものね、町の名前。あんたがフランスで拠点にしてた町と同じ名前だったわよね、確か」

「……」

 係船柱に座ったままの老人――大閣下、ジャン=ジャック・ノワール・シャタリーヌは顔を挙げ、ぼんやりとした目で彼女を見つめていた。

「……誰だ?」

「忘れたって言うの? あんた、とことんボケが来たみたいね」

 現れた女性は、大閣下に拳銃を向けた。

「あたしはエミル。エミル・ミヌー、……いいえ、エミル・トリーシャ・シャタリーヌ。あんたの孫娘よ」

「……トリーシャ……?」

 大閣下は目をしょぼしょぼと瞬かせ、首をかしげた。

「……お前が……?」

「そうよ」

「違う」

 大閣下はかっと目を見開き、声を荒げた。

「お前がトリーシャ!? どこがだッ! 似ても似つかぬわッ!

 おい、トリスタン! 何をぼんやりしておるかッ!? さっさとその女を片付けろッ!」

「し、しかし、閣下?」

 戸惑うトリスタンを、閣下が怒鳴り付ける。

「お前の目は節穴か!? あの女がトリーシャに見えると言うのか、この馬鹿者ッ!」

「……閣下が、そう申されるのであれば」

 トリスタンはまだ迷った様子を見せながらも、エミルに拳銃を向けた。

「お、おい、エミル!」

 と、エミルの背後からアデルと、ロバートが現れる。

「やる気か?」

「やらなきゃいけないでしょ? 下がってなさいよ」

「いや」

 と、彼女の頭上から声が降ってくる。

「マドモアゼルを危険にさらすわけには参りません。それにこれは」

 続いて白い塊が、彼女の前に降り立った。

「わたくしの宿命でもあります。どうかわたくしに彼奴と戦う機会をお与え下さい、マドモアゼル」

「イクトミ? あんた、……どうしてここに?」

 エミルに尋ねられ、イクトミは背を向けたまま答えた。

「今申し上げた通りです。トリスタンは我が宿敵。倒さねば永遠に、わたくしに安息を得る機会は訪れますまい」

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