ミズ・キャリコ
キャリコ農場に到着したエミルたちの前に、カウボーイ風の男が現れた。
「ミズ・キャリコがあんたらを待ってる。案内するよ」
「ええ、ありがと。……ところであんた」
そそくさと背を向けかけた男に、エミルが声をかける。
「前に会ったことがあるわね?」
「気のせいだろ? ……と言いたいところだが、ごまかすのは無理っぽいな」
男はそう返し、テンガロンハットを脱ぐ。そこでアデルも、男に既視感を覚えたらしい。
「あれ……? 確かにあんたの顔、見覚えがあるな」
「2年前だからな、あんたらに会ったのは。だが未だに、傷は痛むぜ」
そう言って、男は両腕の袖をまくる。そこに付いた銃創を見て、エミルが声を上げた。
「ああ、思い出したわ。特務局の不良刑事ね、あんた」
「ずいぶんな言われようだな。だがまあ、その通りさ」
その男――2年前に黄金銃事件で汚職が発覚した特務捜査局の元捜査官、ジェンソン・マドックは、苦笑いしつつ自分の身の上を語った。
「あんたらにバレた後ムショ行きになったんだが、なんでかミズ・キャリコが保釈金を出してくれたのさ。『世話になった貸しがある』って。どう言う意味か分からんかったし、聞いてもはぐらかされちまったが、1ヶ月前、ミズ・キャリコが『答え』を連れて来たのさ」
「連れて来た?」
尋ねたアデルに、ジェンソンは右目を手のひらで覆って見せる。
「イクトミだよ。俺があいつのことを色々助けてたからってんで、ムショから出してもらったのさ。……ま、そんなこんなで、俺はミズ・キャリコに雇われて、ここで牛やら豚やらの世話をしてるってわけだ」
「結構なご身分ね」
ひんやりとした返事に、ジェンソンは苦い顔をした。
「……まあ、怒ってるわな。あん時は空包だったが、実際、あんたらを撃とうとしたわけだからな」
「お返しに両手両足にブチ込んだし、貸し借り無しにしてあげてもいいけど」
「そりゃどうも」
ジェンソンは小さく頭を下げ、帽子をかぶり直して、一行の案内に戻った。
牧場の北にある屋敷に着いたところで、ジェンソンは主を呼んだ。
「ミズ・キャリコ! お客を連れて来ました!」
「ありがと、ジェン。もう下がっていいわよ」
奥から現れたエミルそっくりの女性が、にこ、と一行に笑いかける。
「よく来てくれたわね。ご飯の用意をさせるから、ちょっと待ってて」
「お金持ちなのね。コックもいるのかしら?」
「多少はね。100万ドルをポンと投げたあなたほどじゃないかも知れないけれど。でも家のことはほとんどあたしがやってるわよ。ご飯は『あいつ』が振る舞いたいって言うからさせてるだけ」
「あいつ?」
尋ねたものの、エミルにはそれが誰であるか、察しは付いていた。彼女もそれに気付いたらしく、こんな風に返して来た。
「言っとくけど、もうあいつのことは、『イクトミ』と呼ばないであげてね。あたしが色々手を回して、新しい戸籍を作ってあげたから」
「何て呼べばいいのかしら? あんたのことは?」
「昔と同じでいいわよ、『フィー』」
そう言われて、エミルの口から、自然に名前が出た。
「あいつ、……は、そう、『アレーニェ』ってあだ名を嫌ってるから、……そう、……アレンと呼んであげてって、アンジェが。……アンジェって、……誰? 知ってるはず……でも……思い出せない……」
こめかみに手を当てかけたエミルを見て、彼女はその手をつかむ。
「やっぱり、覚えてないのかしら? でもきっとそれは、ページが古いインクで張り付いてるようなものだと思うわ、あたしは。丁寧に、優しく引っ張ってあげれば、綺麗にはがれるはずよ」
「……」
「あたしのことは、トリーシャと呼んで。さ、もうベーコンの美味しそうな匂いがしてきたし、出来上がる頃よ。あなたとは10年ぶりに話せるもの。
楽しく、ご飯食べましょう。ゆっくり昔話しながら、ね」




