たらし
忙しく仕事をこなす私の前を、食品担当の植村さんが通りかかる。
「ね、今日の植村さん、ちょっと目が潤んでて…すごく魅力的だけど、ちょっと心配だなあ。」
「え、そうかな?ちょっと疲れてるかも、昨日パソコンがんばっちゃったし。」
「ええ!女の子はがんばりすぎたらだめだよ!疲れが憂いに変わって、かわいさが増しちゃうんだからさ!」
「そんな!かわいくないってば!!」
「そんなこというの?こんなにかわいい顔してるのに。」
「もー!!すぐそういう事言う!!」
「本当のことしか言ってないよ!」
「はいはい。」
なんだか少し、赤い顔をして私の前から去っていく。
「また!そうやってすぐ口説く!!」
「口説いてなんかいないよ。思ったことを言ったまで。」
いきなり因縁をつけてきたのは、経理の和田さん。
「あ、昨日は書類ありがとう。すごく助かったよ。」
「いいえ、どういたしまして!」
「やっぱり、信頼感がぜんぜん違う。さすがだね。」
「そりゃ、何年もやってる仕事ですから。」
「何年もやってるからこそ、手抜きや慣れが出るもんなのに、本当に、すごいよ。」
「そお?」
「そう。和田さんがいるから、この店はまとまってるし、業績も上がっているんだよ。」
「ちょっと!そこまで言うとうそ臭い!」
ぷいと目をそらされて、私の前から去っていく。
「ははは!相変わらずのナンパ、お疲れさん。」
「ナンパって何ですか。」
今度は消耗品担当の桜田さんが、いきなり無礼な物言いをかます。
「すぐ女の子にいい事言ってさ、ナンパだとしか。」
「そんなことないですよ、桜田さんのほうがいつもみんなに頼られてるでしょう。」
「いやいや俺はさ、話しかけやすいってだけで。」
「対人の壁が薄い、垣根が低いって言うのは、それだけで魅力的なんですよ。」
「そうかあ?」
「いきなり声をかけても大丈夫な人が、一番心が落ち着くんですよ、それをあなたは持っている。」
「ほめても何も出んぞ!!」
「ほめる?いやいや事実を述べたまでですよ!」
頭をかきながら、売り場に行ってしまった。
「ちょっと!桜田さんまでたらしこんでんの?!」
「たらしこむって何。真実を告げたらだめなの?」
宝飾品担当の宮崎さんが、私に声をかける。
「いつ聞いても耳障りのいいセリフばっか吐いてんじゃんw」
「そうかな、宮崎さんの方が、勢いある元気な言葉遣いで良いと思うんだけど。」
「またー、そういうとこ!!!」
「活きの良い台詞を聞くとね、テンションって上がるもんだよ。」
「まじかwww」
「小柄なあなたから出たとは思えないほど、パワーが乗っかってるんだよね。」
「ぜんぜん知らんかったわ!!」
「じゃあ、今日から、知っておいてよ。」
どすどすと歩いて向こうに行ってしまった。
インテリアコーナーを、通りかかった。
大きなスタンドミラーには、くたびれた婆が、映っている。
何だ、みっともないな。
もっとしゃっきり背中を伸ばせよ。
もっとすっきり痩せたらどうだ。
もっと綺麗な靴を履けないのか。
もっと清潔感のある髪型にできないのかね。
もっとにこやかに微笑むとかしてみろって。
もっと、もっと、もっと・・・。
恐ろしい話だ、自分に対して良い言葉が微塵も湧いて出てこない。
他人はこんなにもすばらしいというのに、自分は何だ。
にこやかな仲間たちに囲まれて、仕事をしているというのに。
私はただ一人、鏡に背を向け、自分の仕事をするために、売り場へと消えた。