13.完璧美少女のお宅、お邪魔します
交際相手の両親へご挨拶というシチュエーション、普通なら相当緊張するものだ。フォーマルな格好をしたり、手土産を吟味したり、受け答えを事前にシミュレーションしたりするかもしれない。人生における重要な場面であることは間違いなく、故に真剣交際であればあるほど、相手の両親にうまく取り入る方法に腐心するだろう。
幸い、俺の場合はそこまで肩肘張らなくていい。元からのお隣さんだし、付き合いが長いから相手の事を熟知している。プラス、事前に絵輝から連絡が入っている。
そう、上須戸啓、19歳、意外と早く人生の岐路へ到達したらしい。でも結婚前提だとしても具体的に何年後に入籍するとか同棲するとか、そこまでの話ではない。ただの現状確認、のはず。
「ちょっと緊張してる?」
隣を歩く絵輝が上目遣いで訊いてくる。
「ははっ、まさか」
うん、妙に喉が乾くな。
多少トラブルがあったものの、最寄り駅を出て今は絵輝の家に向かう道すがら。泣いても笑っても猶予期間はあと5分くらい。
いやぁ……さすがにいつもみたいに気軽に、とはならないか。
「交際オッケーなのは間違いないから、そんな顔しなくても大丈夫だよ?」
「わかってるよ。でも男はこういう時、緊張するものなんだ」
「へぇ~」
「何をニヤニヤしてんだよ?」
「んー、さっきの事とか」
「えっ?」
「ほら、痴漢の」
「あー」
とりあえず大事にならなくて一安心だった。痴漢野郎の首根っこを掴んで駅員に突き出してやろうかとも考えたが、寄り道している時間はあまり無さそうなのでああいう“口擊”で勘弁してやった。
「“俺の女”って言ってくれて、凄く嬉しかったよ」
「茶化すなよ、結構必死だったんだよ」
「ううん、真面目に言ってるよ。エピは大切にされてるんだなぁーって」
「大切じゃなきゃ、こんなに一緒には……いないよ」
恥ずかしいので絵輝から顔を背けて頭を掻く。
俺の腕に額を擦り付けて、絵輝がじゃれてきた。
「もぅ、ありがと」
「どういたしまして」
猫みたいな愛情表現がくすぐったい。ありがとうなんて、本来言うべきは俺の方だ。魅力に乏しいし付き合いも悪い。男としてのグレードは決して高い方ではない。
「でもなんで、俺なんだろうな」
独り言のつもりだったが思いの外大きな声で言っちゃった。
「教えて欲しい?」
だから絵輝にバッチリ拾われて意味深に返されてしまった。
「やっぱ臭い?」
「それは大事だけどー、それだけじゃないよ?」
「聞きたいような聞きたくないような……」
でもやっぱ聞きたくなるのが人情だよな。教えてくれと言おうとしたら道の向こう、絵輝のご両親が並んで立っていて手を振っているのが見えた。わざわざ外で出迎えてくれるとは、恐縮だ。
パパのセルゲイ・シモーネさん。ママのニーナ・シモーネさん。シモーネ夫妻。日本に帰化しているので今は名字を下根と名乗っている。ちなみに絵輝も日本名でありカタカナ表記すればエピカ・シモーネとなる。
口髭豊かでいかにも優しいパパと言った風なセルゲイさんと、ふくよかな体に絵輝と同じ碧眼が特徴的なニーナさん。いつも朗らかでのんびりしているシモーネ夫妻は今日も相変わらず、ニコニコしながら俺達の到着を待っていた。
「すみません、遅くなってしまって」
約束の時間には若干遅刻。具体的には10分ほど。
「いやいや、私達には急ぎの用は何も無いからね」
耳に心地よい低音ボイスでセルゲイさんが言う。日本語がとても流暢だ。
「さ、上がって。パーティーの準備をしているの」
と、ニーナさん。絵輝はママ似だ。ニーナさんは今でこそ偉大な母親といった風情だが、昔はきっとかなりの美人であったのだろうと思わせる顔立ちをしている。
「申し訳ないです。気を使って頂いて」
謝ることでは無いのかもしれないが、ここまで大事になるとは考えていなかったのでこの発言は素直な今の気持ちの表れだ。
いざ会ってみると、やはりシモーネ夫妻はとてもウェルカムな態度である。絵輝に腕を引かれ、俺はシモーネ邸の門をくぐった。




