告げられた真実
墓地から村長の屋敷の離れへと戻る道すがら、バイロンはふと立ち止まる。
「どうかしましたか?司教さま」
その後を少し離れた距離で歩いていたアンリもつられて立ち止まった。
先程まで一緒にいた賑やかな花妖精、メルは他にやる事があると言って別れた。メルはバイロンの使い魔だという。
一体バイロンに何を命じられたのか気になるところだ。
「いえ…、何かに呼ばれたような気がしまして。変ですね」
心当たりがないのかバイロンは首を傾げている。
どうも言った本人ですらどうしてそう感じたのか理解出来てないようだ。
「変な司教さまですね」
アンリもそれ以上は尋ねなかった。
それ以来二人の間に特に会話は無く、アンリは気まずさから何か手頃な話題を模索してみる事にした。
「あの…。司教さまの髪や瞳ってエーテルコートですよね?」
アンリがバイロンを見て最初に気になっていたのが不思議な色合いの髪と瞳だった。
彼は蒼い光沢を放つ黒髪に、紫の瞳を持っている。
この国は多種多様な人種で溢れているが、こんな不思議な色素を持った人間など存在しない。
だが、昨今それが覆ろうとしていた。
それが先程アンリの言っていた「エーテルコート」という戦闘用防具だった。
エーテルコートとは主に傭兵などが扱っていた特殊な防具で、相克の属性に反するエーテルを様々な物に塗布する事によって戦闘を有利にする事が出来る。
それは衣服や鎧や剣を基本に、肌や頭髪、爪、アクセサリー類等と多岐にわたる。
それが最近では一般の人間もファッションの一環として利用する者も増えてきた。
街を歩けば戦闘行為が目的でない普通の若者たちが、肌の色や髪、瞳の色を思い思いの色でコーティングしていた。
だが、お洒落や流行に鈍感そうなバイロンの場合は明らかに違うだろう。
「ええ。私は闇の耐性が極端に弱いので、髪と衣服に闇のエーテルを施してます」
「へぇ…。じゃあその紫の眼は自前ですか?」
バイロンは黙って頷いた。
闇の中でも鮮やかな光を放つアメジストの瞳は、てっきりエーテルを塗布しているのかと思っていたので意外だった。
「じゃあ本当の髪の色は何色なんですか?」
「さて、何でしょうね。忘れてしまいました。それに本当の「私」なんてどこにもいないのかもしれません」
「?」
振り返ったバイロンの顔は夜風に煽られ、少し淋しげに見えた。
「アンリ…。貴女の敵はこれから本格的に仕掛けてくるでしょう。絶対に私の側を離れないで下さい。私は貴方の「心」を守りたい。誰が何と言おうとも貴女の心は貴女だけのものだ。決して紛いものではない」
「えっ…。それって何の事ですか?敵って…」
話は唐突に変わった。
それも意図的といってもいいくらいに。
アンリにはさっぱり分からない事ばかりだった。
「どういう事ですか。司教さま。貴方は何か知っているんですね?私の心って一体何ですか。もしかして司教さまがここにやって来た本当の理由って……」
「アンリ、落ち着いて下さい。ですがこれは私が介入しようがしまいが、遅かれ早かれ起こりうる事なのです。ここで貴女がこの村を守護する限り…」
バイロンの紫の瞳が眼鏡越しに射るようにアンリを捕らえる。
「だからそれがどういう事なんですかっ。司教さまはこの村に来た時に言いましたよね?この村へは殺人事件の調書を取りに来ただけだって。違うんですか?」
バイロンはアンリの糾弾にそっと瞳を伏せた。
「ええ。その通りです。表向きはね。ですが私の本当の目的は貴女なんです。アンリエッタ」
「その名は……」
それは意外な告白だった。
「ここの村の人々は皆、嘘をついています。貴女は騙されている。村の守護者という大義名分で純真な貴女を飼い殺し、時が来たら全ての罪を貴女に被せようとしている。墓地での一件はあそこで貴女を転化させ、私を殺害。そしてその犯行を例の殺人事件と結びつけ、罪をなすりつけるつもりです」
アンリは蒼白な顔で後ずさった。
ざりざりと土を踏みしめる音が冷たい空気に溶けていく。
「そ…そんな事はない。村の皆は優しくて、良くしてくれて…。だからそんな事ない」
「彼らを信じたい気持ちは分かります。ですが、これは事実なんです。うかうかしていると貴女が危ない」
アンリは肩に手を置こうとするバイロンを振り切った。
もう何も信じたく無かった。
「いやっ…。いやだっ!」
「アンリ、待って。一人になってはいけませんっ」
だがアンリは振り返らなかった。
大きな瞳に溢れそうな涙を浮かべながら走り去っていく。
「困りましたね。今ここであの子を一人には出来ないというのに…」
一人残されたバイロンは白い手袋に包まれた手をきつく握りしめた。